電話の相手が渉さんだと分かった時。・・・わたしは石になりかけた。
 由里子さんの行動の速さは今に始まったことじゃない。けれどまさか、当人に正面切るなんて思っても無かったのだ。

「ウチの子かどわかすなんてサイテーっ」

 由里子さん違います、誘拐なんてされてません・・・・・・。
 石から砂になりそうに。
 思考回路が寸断されたわたしを余所に、由里子さんは更に言い募る。

「ちゃあんと本気なんでしょうねっ?! 遊びだったら一生赦さないんだからねっ」

 渉さんと二、三のやり取りが聴こえた後。
 全くもう、と頬をふくらませてわたしにスマホを差し出した。

「織江ちゃん、相澤君が代わってくれって!」

 おずおずと受け取り、耳に当てる。

「・・・あの、織江です」

『ユリは絡み酒か?』

 受話器の向こうで仄かに笑った気配。

「ごめんなさい。・・・引っ越したこと話したんです」

 申し訳なさでいっぱいになる。こんな事で、仕事中かも知れない渉さんに迷惑かけるなんて・・・。 

『いや・・・。俺から言う手間も省けたしな。ユリには、織江は俺が一生面倒見るから心配するなと言った。文句は無いはずだ』

「渉さん・・・・・・」

『堂々と、俺の女だと云っておけ』

 先回りされた気がする。
 素気なくても。離れていても。抱きしめられてるみたい。・・・守られてるみたい。

『織江』

 ・・・声。少し深くなった。

『・・・明日はそっちに帰れる。待ってろ』

「はい・・・っ」

 ぱあ、と心の中に花が開く。嬉しくて胸がきゅっとなる。涙腺まで緩みそう。

「待ってますから、早く帰って来てくださいね」

 彼には見えてないだろうけれど、満面の笑顔で。

『・・・・・・ああ』

 耳から響く貴方の声。
 見えてはいないけど、・・・きっと少し困ったような顔で。微かにほほ笑んでいるの。