『今日から俺のマンションに来い』

 渉さんはそう宣言してすぐに、どこかへ電話を掛けていた。鍵がどうのと聴こえた気もする。
 わたしはと言えば。半ば呆然とそれを見送り、彼に「荷物は今日中に運ばせておく」と言い渡されてやっと思考回路が追い付いてきたのだった。

「でもアパートの鍵・・・」

「それはいい。解約もこっちで手配しておく。店まではちょっとあるからな、仕事の時は車で送らせる」

 あっさりと。
 それから、外に出て食事をするのとルームサービスとどちらが良いかを尋ねられた。その時になって気が付いたのだけれど、そうだった、ずっと普通に素嬪(すっぴん)だった渉さんの前で。

 化粧直しがまともに出来ない事を理由に、ルームサービスで遅い昼食というか、早い夕食を済ませ、結局チェックアウトしたのは夜の8時過ぎだった。
 流石に体力も尽きかけていたらしく、振動の静かなクラウンの後部シートで渉さんの肩にもたれてうたた寝してしまい、起こされたらマンションの地下駐車場だったのだ。

 エントランスは通らず、駐車場からのオートロック式の入り口を通ってエレベーターに乗り込む。最上階は18階。高層マンションのようだ。
 13階で降り、1307のナンバープレートが貼られた玄関ドアの前で渉さんは足を止めた。
 インターホンを鳴らすと内側からドアが開いて、わたしと同い年ぐらいのやんちゃそうな金髪男子が顔を覗かせた。

「・・・お疲れ様です、若頭代理。荷物はある程度片付けました」

「ああ」

 中に入るよう渉さんに促され、「お邪魔します」と断って靴を脱いだ。
 男の子はただ黙ってわたしを一瞥しただけだった。

 部屋は3LDK。テーブルやソファ、カーテンなどはシンプルなデザインで統一されていた。テレビなどの家電製品もほぼ揃って見えたけれど、生活感は感じられない。住む為の部屋とは違うようだった。

「ここの管理は、藤(ふじ)・・・そこの藤代(ふじしろ)を住み込ませて任せてある。手前の部屋が藤のだから、それ以外は織江が好きに使え」

 リビングと廊下を繋ぐドアの前に、後ろに手を組み直立不動の姿勢で立つ彼を目線でしゃくって渉さんは言った。
 それからわたしの肩を引き寄せ、藤代さんに。

「結城織江だ。俺が居ない間はこいつを頼む」

「・・・承知しました」

「大事な女なんでな、変な気は起こすなよ」 
 
「はい」

 『変な気は起こすな』は、渉さんが大して本気で言っていないのが分かる。
 わたしを一緒に住まわせる事を許容するぐらいなのだから、よほどの信頼関係なんだろうか。
 不思議そうだったのが伝わったのか、渉さんが悪戯気に付け足した。

「心配するな織江。藤は、女には興味が無い」 
 
 ポン。
 思わず心の中で、掌を打つ。
 藤代さんはどうやら、そういう系の男子らしい。