バスローブ一枚羽織っただけで軽く朝食を食べ、その後で渉さんは何本か電話を掛けて指示のような伝達をしていた。
 本当は仕事があるのに、わたしとの時間を作ってくれたんだろうか。
 本当は彼の邪魔になっていないだろうか。
 そんな不安が頭をもたげる。

「済まんな。仕事を持ち込むのは主義じゃないんだが・・・急ぎでな」

「それはいいんですけど。・・・渉さんは行かなくて大丈夫なんですか?」

 一晩、こうして一緒に過ごせただけでも充分だ。無理はさせたくない。 
 わたしなら大丈夫です、と続けるつもりだった。

「俺を行かせようって顔してるぞ、織江」

 応接テーブルの向かいに座った彼は上から少し不機嫌そうな眼差しを向ける。

「あんまり俺を見くびるなよ。仕事とお前の切り分けも出来ない程度の男だと思ってるのか?」

 あ・・・・・・。
 言葉に詰まった。

「俺と居る時に余計な心配はするな。駄目なら最初から此処にはいない。それともお前は俺が信用できないか・・・?」

 淡々とした口調で。けれど、喉元に切っ先を突きつけられているかのような迫力を感じた。
 心配をするのは相手への気遣いだと思い込んでいた。そうすべき、とさえ。
 なんて思い上がりだったんだろう。
 迷いなく彼を信じているのなら。わたしはただ、彼との時間を何より大事にすることだけを考えるべきなんだ。

「・・・・・・ごめんなさい、わたし」

 今までこんな風に気持ちを晒け出したり。
 我が儘みたいな想いを口にしたり。
 自分には赦されないと思っていた。
 伝えても叶わないなら惨めになるだけ。哀しいのは嫌。だからわたしは。
 ずっと自分を閉ざしてきたの。
 求めなければ失わない、ずっとそうやって諦めるだけだった。

 でも。
 今ここで渉さんに応えなかったら。
 このひとはわたしを、自分の傍に置く価値もない女だと失望して棄てるだろう。そんなのはイヤ。絶対に嫌。失いたくない、このひとだけは失いたくないから・・・!
 
 必死に心を奮い立たせて、声を振り絞る。

「渉さんと・・・ここに居たい・・・、居てください・・・!」