「織江」

 到着してわたしだけ降りる前に。彼の腕が伸びてきて頭の後ろをやんわり掴まえられる。
 運転手さんに見られていると思うのだけれど、構わずに深いキスを繋げた。

「・・・近いうちにまた連絡する。次は抱くから覚悟しておけよ」

 赤裸々に云われて恥ずかしさのあまり視線が泳ぎまくってしまう。

「返事は?」

「・・・・・・はい」

 心臓がもう破裂しそうに。顔が勝手に火照る。到底、目なんか合わせられもしない。

「それから牧野とか言ったか」

 少し厳しい口調に変わって思わず顔を上げた。真顔の渉さんと視線がぶつかる。

「半端に気を持たせるのは止めておけ。ああいうタイプの男は諦めが悪い。きっちり振ってやらんと、尾を引くぞ」

 それが彼の、たとえば嫉妬のような個人的な感傷で無いのは目を見れば判ったし、牧野君にも好きな人が居ることを伝えてきちんと断るつもりでいた。

「大丈夫です。・・・ちゃんと言います」

「織江はそうだろうが、もし」 

「・・・?」

「いや・・・」

 言い淀んでから、いつもの口調に戻った。

「ストーカーの件もあって俺が勝手に気を揉んでるだけだ」

「あの、ごめんなさい、心配ばかり掛けてしまって・・・」

「それも男の甲斐性の内だからな」  

 優しい言葉を掛けてくれるとか、優しく気遣ってくれるとか。彼の優しさはそういうのとは違う。あまり表情は変わらないし、突き放した言い方に聴こえる時も多い。
 けれど言葉の一つ一つが真っ直ぐに伝わってくる。歪んでも捻じれても無い。不思議と分かってしまう。ほんの欠片しか、このひとを知らないのに。 

「・・・お前は俺に心配されていればいい。それが女の甲斐性だ」

 最後にもう一度キスが落ちた。



 走り去る車を見送りながら無性に心細くなった。
 まだ貴方の傍に居たかった、離れがたかった・・・・・・。

 あと数時間で新たな一年をまた迎える。先の見えない未来の始まり。
 小さく灯ったこの胸の焔は。そこへ導いてくれるだろうか。

 ・・・焼き尽くしてしまうだろうか。