年越し蕎麦ならぬ年越しラーメンを美味しくいただいてから、わたしは峰さんに思っていた事を尋ねてみた。

「あの・・・もしかしてわたしの“落とし物”をご存知ですか・・・?」 

 用があるというなら、心当たりは恐らく間違いないのだろう。
 峰さんは、「ああ、あるよ」と後ろを向き探すような所作をしてまたこちらに向き直る。

「お前さんのだろ」

 差し出されたそれを受け取ると、隣りで渉さんが訝し気な視線を傾げる。

「何だそれは」

「・・・渉さんの落とし物です」

 訳が判らないと云わんばかりに眉を顰めるから。思わず苦笑いしてしまう。
 わたしは峰さんにまだ確かめたいことがあった。

「中身を見たから・・・渉さんをわたしの処に来させたんですか?」

「ま・・・年寄りのお節介てヤツだ。邪魔になったか?」

「いえその。でもどうして、わたしだと・・・」

「年寄りの勘てヤツだ」

「何の話です?、峰さん。・・・織江、俺にも判るようにきっちり説明しろ」

 二人で通じてる会話に業を煮やしたのか、渉さんは上から睨め付けてわざとわたしに低く迫った。

「ガキじゃねぇんだ、後でゆっくり嬢ちゃんから聴きな」

 峰さんにきっぱりと一蹴されると、「敵わねぇな・・・」と苦み走った溜め息を漏らしてイスから立ち上がり、少し離れた暗がりで煙草をくゆらせていた。
 
「相澤は・・・、堅気の嬢ちゃんに勧められるような大層な野郎じゃあねぇが、ヤクザ者でも大した男だ。惚れてるなら・・・まぁアイツを信じてしっかりやんな」

 素っ気なく言われたけれど、峰さんの言葉にぐっと背中を押された。
 あのひとを迷いなく信じる。これからの人生、それがわたしの一番の戦いになる。確かな予感だった。

「わたしには渉さんしかいませんから。そうするつもりです、・・・最後まで」

 “落とし物”を拾ってくれた事も心から感謝して。

「本当は・・・忘れたかった。その方が楽なのは自分が一番分かっていたのに、・・・気付いて欲しくてこの場所に置いたんだと思います。峰さんのお陰です。渉さんと逢わせて下さって有りがとうございました」

「礼なんざいい。良い年迎えてまた来なよ」

 仏頂面もほんのり照れが見え隠れしているような。




 帰りしな、代金は要らないと頑なに固辞した峰さんが、さり気なくわたしを悪戯っぽく見やった気がした。  
 困り果てた表情の渉さんには、あの夜、前払いしてあったことは内緒にしておきましょう?