煙草を口に咥え紫煙をくゆらせながらゆっくりと姿を見せた彼は、黒いコートに黒の三つ揃いのスーツ、ネクタイだけ白で。相変わらず、他人を圧する雰囲気を醸している。
 牧野君の存在なんてまるで目に入っていないかのようにわたしの前に立ち、上から目を細めた。

「・・・話がある。付き合って貰おうか」

「わたしは、・・・何もありません」

 目を逸らす。
 本当は。顔を見た瞬間に泣きそうになった。・・・逢えた。逢いたく無かった。逢いたかった。逢わずにいたかった、永久に。
 心の中がぐちゃぐちゃで。これ以上掻き回されたらもう耐えられない。わたしの事はお願い、放っておいて・・・!

「俺の目を見てもう一度言ってみろ」

 静かな命令。
 ・・・云える訳がない。目を見たら。きっと見抜かれてしまう。だから。

「いや・・・です・・・」

 声が震えた。

「織江」

 さっきより深い声音。
 ああ・・・・・・。もう。どこかで絶望の音がする。止められない。ああ。
 とたん堰が切れた。 
 アイザワさんにすがるように彼の胸に顔を埋めて。

「・・・どうして来たんです・・・?! どうして、忘れさせてくれないんですか・・・っ」

 嗚咽を殺した。
 わたしの肩を抱き締めた彼の腕に力が籠もるたびに。涙が溢れてどうしようも無くなった。
 このひとを。好きなんだと分かってしまうことが。何より悲しくて。・・・・・・苦しかった。