「渉さん」

 屋台から少し離れたところに立ち、煙草をくゆらせていた彼に後ろから声を掛ける。
 道路を煌々と照らす外灯のおかげで、真っ暗闇というほどでも無く。振り返った渉さんが淡く微笑んだのが目に映った。
 傍まで寄ると携帯灰皿に吸殻を仕舞い、身を屈めてわたしの唇に軽く口付ける。肩に手を回し、静寂(しじま)に靴音を響かせてゆっくりと歩き出しながら。

 峰さんと何を話したのかを訊ねることも無く、しばらくして渉さんが云った。

「俺に何かあった時は、あの人を頼れ。大抵のことはどうにかしてくれる筈だ」

 穏やかな口調だった。
 ふとわたしの足は止まり。渉さんも立ち止まって、「・・・どうした」と頭の上で静かな声がした。
 
 貴方にも。いつもその覚悟がある。
 罪に堕ちる覚悟。
 命を落とす覚悟。
 
 もっと。わたしをひとり遺すことを惜しんでください。・・・そう願ったら聞き分けてくれるでしょうか。きっと。ぎこちなく微笑んで、貴方は答えてはくれないのでしょう。

 そういうひとを好きになった。分かっていて。分かってはいるけれど。

「・・・・・・渉さん」

 わたしはいつの間にか、両指を組んでぎゅっと握りしめていた。少しだけ向き直って彼を見上げる。黙って注がれる深い眼差しを、逸らさず見つめ返して。真っ直ぐに思いを伝えた。

「わたしは、渉さんだけのものです。だから誰にも譲ったりしないで。・・・途中で投げ出すなんて、渉さんらしくありません」