「嬢ちゃん」

 今夜は結婚祝いだと、頑として代金を受け取らなかった峰さんに帰りしな、カウンターの向こうから呼び止められた。
 渉さんはわたしに目配せをすると、会釈して暖簾の向こうへ消える。
 峰さんは鍋の火を落とし、煙草に火を点けて一服しながら、おもむろにわたしを見やった。

「・・・極道者と添い遂げるってのはなかなか難儀なこった。抗争になりゃ首は狙われる。収監されりゃ、下手すりゃ10年20年帰って来られねぇ。・・・その覚悟はあるってんだな?」

 滔滔と。他の誰かから突き付けられるのとは違う重みがずっしり残る。罪を暴く側に属して、厳しい現実を目の当たりにして来た人の言葉。
 けれど。
 わたしも自身に何度も何度もそう問いかけて、ここまで来た。そのたび震えながらも懸命に心を奮い立たせてきた。
 
「はい。もう決めました」
 
 真っ直ぐに見つめ返し、きっぱりと答える。
 煙草をくゆらせ、しわの刻まれた目元の奥からじっと峰さんは黒い眸を揺らす。

 なら云うことはねぇなぁ、とやがて素っ気なく視線が外れた。

「・・・俺で良けりゃあ、いつでも相談相手になる。気兼ねしねぇでいつでも来な。相澤には黙っとくよ」

 少し澄ました横顔とは裏腹の、峰さんの情に溢れた思いやり。あたたかくて、わたしにも味方が一人増えたみたいで。返した笑顔にはちょっとだけ、涙が滲んでいたのだった。