深夜で往来もまばらな公園通りのいつもの場所に、ぼんやりと浮かぶ赤提灯。リヤカーを改造した屋台がぽつんと佇む。

「ご無沙汰してます」

 暖簾を手で別け、渉さんが声を掛ける。
 変わらない白髪頭の峰さんは、隣りで会釈したわたしに視線を投げた後、「・・・ゆっくりしてけ」と相変わらずの素っ気なさで返し。それがかえって懐かしくて、自然と笑顔がこぼれた。

 グラスの冷酒を半分ほど空けてから、お鍋が煮え立つのを待つ峰さんに、渉さんが静かに切り出した。

「実は来月こいつと一緒になるんで。・・・今日はその挨拶で寄らせて貰いました」

 こいつと。何だかとても距離感が凝縮された言い方に、ひとり心臓が跳ね上がって頬が赤らんだ。

「・・・そうかい。めでたいのは何よりだ。・・・一杯奢ってやる」

 峰さんは言って一升瓶から渉さんのグラスになみなみとお酒を注ぐと、腕を伸ばしてもう一つグラスに半分ほど注いだ。

「まあ、しっかりな」

「有りがとうございます」

 二人は軽くグラスを合わせ、ぐいと呷る。
 それからわたしに目を細めた峰さんは、満足げに口の端を緩ませた。
 
「暮れに嬢ちゃん連れて来た時から、分かっちゃいたけどよ」

「・・・敵わねぇなあ、峰さんには」

「で・・・あれか? 出来たのか」

「いや・・・そっちは」

 何の話だろうと小首を傾げると。隣りから横目で、少し困ったような細い笑みだけが覗く。
 
「いずれ近い内に“孫”の顔を見せに、また寄らせて貰いますよ」

 峰さんに視線を戻した渉さんは、そう云って穏やかに笑った。

「俺を勝手にジジイ扱いすんじゃねぇよ・・・ったく」

 悪態をつきながら熱々のラーメンを二つ、前に置く峰さん。
 子供の話だったのをやっと気付いたわたしは、急に恥ずかしくなって今更赤くなったのだった。