「来月の26日・・・ですか」

「ああ。7月26日は織江の誕生日だろう?」

 夜の街を走り抜けるクラウンの車内で。日取りを決めた、と少しだけこちらの反応を窺うように目を細めた渉さん。
 誕生日と云われた時、思いがけなくて一瞬言葉も出なかった。
 自分でも祝ったことは一度も無いし、自分から教えたりもしたことが無い。生きる意味を求めるつもりも無かった自分にとって、生まれた日など一番滅(け)したい過去。・・・ずっとそう思ってきたから。誕生日と結婚記念日が一緒になるなんて。それだけでもう胸がいっぱいになる。
 
「・・・ドレスもユリに急がせてる。楽しみに待ってろ」

「ありがとうございます渉さん。・・・嬉しいです本当に」

 本当はもっと沢山たくさん返したいのに。感極まって言葉に詰まってしまう。その代わりに躰を寄せて渉さんの胸元に顔を埋めると、大きな掌がわたしの髪を撫でた。

「他にもして欲しいことがあるなら遠慮なく言え」

 埋めたままの顔を小さく横に振る。

「十分すぎです」

「たまには我が儘の一つぐらい言ってみろ。・・・一生に一度のことだろうが」

 渉さんの優しい響き。
 普通なら。こう云われて心が躍らない女の子はいないのだろうと思う。あれもこれもと、どれか一つに絞るのさえ浮き立つような愉しみに溢れて。

 自分が呪わしいと思えるのはこういう時。子供の頃から、望むことと求めることを諦めてきた性質は、与えられるものの中だけで満足するよう出来上がってしまっている。それ以上を欲する機能が作動しない。無意識で制御されてしまう。

「・・・考えておきますね」

 渉さんはわたしに素直に甘えて欲しがっている。そうなりたいとも思う。自身に希望も込めて、微笑みの気配を添えた。