「オレは代理から報酬もらって仕事してんの。・・・結城がオレに払えるってんなら契約成立。あんたの望みどおりにしてやるよ」

 報酬・・・・・・。ひどく無機質で・・・冷えた心地がする言葉だった。何の情でも無くビジネスとしてなら、わたしが願うとおり藤君は居てくれると云う。

 片思いが失恋したみたいな苦さが広がり、自嘲の笑みを胸の内に逃がす。反面、藤君らしいとも思った。

「・・・・・・うん分かった。でもあの・・・わたしそんなにお給料もらってないし、沢山は無理なの」

 自分でもそこまでして、と思わなかった訳でもない。ただもう。わたしにとって欠けたら埋まらない存在だから。どんな形でも居て欲しいだけなのだ。

 すると藤君はスッと目を細めて、値踏みでもするようにこちらをじっと見据えた。

「支払い能力以上の要求なんかしねーよ。いちいち請求すんのも面倒だし、適当にまとめて払ってもらうけど」

「あ・・・うん。藤君に任せる」

「じゃあ両手出して」

 手? 云われるままに躰ごと向いて、彼の前に差し出す。その手首を持ち上げるように両方取られて、藤君の方に引っ張られた。
 ぶつかりそうに近付いた彼の顔に思わず目を瞑り、あっと思った瞬間には。身動きが取れず、藤君にされるがままになっていた。

 上向きになっていたわたしの口にあっけなく、藤君の口が合わさる。渉さんよりも少し肉薄な唇の感触。しなやかな舌がまるで遊ぶように、わたしの舌を追い詰めたり逃がしたり。
 嫌だというよりも、女性は受付ないはずの彼がどうして自分にキス出来てるいるのか。クエスチョンマークが頭の中を飛び回る。
 渉さんよりも小ぶりな舌は歯列をなぞったり、滑らかに動き回ってわたしの舌先が弱いのを探り当てると。満足したように漸くわたしを解放した。

 腕を取ったまま、間近で藤君はわたしから目線を外さない。わたしはわたしで、これをどう理解していいのか考えが全く覚束ない。

「・・・契約成立」

「え?」

 瞬きをして問い返す。

「先払いな」

 ・・・・・・これが?!

「・・・あの藤君・・・? 藤君、女の人嫌いじゃないの・・・?」

「興味がねーだけ」

「・・・・・・興味が無いのにキス?」

 何だか良く分からなくなり、わたしは思案顔で眉を寄せる。

「保険に決まってんだろ」

「保険?」

 益々わからなくなる。
 藤君はまだわたしを捕らえたまま、鼻を鳴らして意地悪そうに口角を上げた。

「・・・した以上は勝手に契約解除させねーから。それと専属契約な。破ったら代理にバラすよ、オレとキスしたの」 

「う、うん」

 えぇと、つまり・・・。

「死ぬまでオレが守ってやるよ、・・・取りあえず」



 とてもシニカルだったけれど。藤君が笑うのを見たのは、それが初めてのことだった。