勢いづいて振り返り、突拍子もないことを口走ったわたしに。眉を顰め、忌々しそうに引き攣った視線で一瞥した藤君。

「・・・オレが決めることじゃねーし」

 感情の籠らない低いトーンが返った。

「それなら・・・! 渉さんにお願いしてみるから、そうしたら居てくれる?」 

 彼はなにも答えない。無表情な横顔にすがるような眼差しを送り続けていると、苛立たしそうな溜め息を吐かれる。

「・・・オレを家政婦扱いしてんなら他当たりな。ウザい」 

「そ、んなわけない・・・っっ」

 わたしは必死になって否定した。そんな理由で居て欲しいんじゃない。藤君が居てくれないと。藤君が居てくれたから、わたしは。

 本当は心細かった。極道の世界を何も知らないこと、渉さんを待つ日々も。
 彼は作ったご飯を黙って一緒に食べてくれるだけ。散歩や買い物に付き合ってくれても、イヤホンで音楽を流しながら必要以外、わたしに見向きもしない。
 そんな距離感でも。心が折れてしまいそうになると。藤君がほんの少しだけ手を貸してくれる。いつの間にか彼の手に掬われている。

 優しい訳じゃない。甘やかしてくれない分、渉さんより厳しいと思う。それでもわたしには、渉さんと由里子さんの次に心を許せる大切な存在。
 居なくなるかも知れないと思った時。理屈も何もなく嫌だった。それはでも、やっぱりただの我が儘でしかないだろうか。

「そんなのじゃなくて・・・藤君に居て欲しいの。出来るだけ迷惑かけないように頑張るし、家事も手伝います。藤君がこれからもずっと一緒に居てくれるなら、わたし何でもするから・・・っ」

 本心からそう望んで、わたしは真剣に言った。

 藤君は無言でしばらく車を走らせ、左に曲がる筈の交差点を直進すると、やがて人けの無い路肩に停車させた。
 制動がかかり車が軋む。エンジンを切らずに運転席から下りた彼はドアを締め。ガラス越しに背中を向けたまま、煙草に火を点けた様子だった。
 あんまりに勝手なことを言ったから、怒らせてしまったのかも知れない。胸の奥で頼りない音を立て、空気が抜けるように気持ちが萎んでゆく。
 
 戻った藤君に無理やり目を合わせたわたしは、とても情けない表情をしていたと思う。

「藤君、ごめ・・・」

「じゃああんたもオレと契約する?」

 本人が望まないことを強要する権利なんてない。ごめんね、さっきの言葉は気にしないで。そう言い掛けたのを遮って、彼が横目を向ける。
 契約という響きにわたしは少し目を見張った。