しんと静まり返った海鳴り亭の前で、わたしの腰に腕を回した渉さんは。牧野君を見やると不敵な笑みを滲ませた。

「・・・久しぶりだな牧野。俺に何か云いたい事があるなら、聴いてやるぞ」

 穏やかな口調なのに、相手を気圧す威圧感が漂う。まるでさっきまでとは別人の気配。牧野君はそれでも表情ひとつ変えることなく、渉さんと向かい合っていた。

「・・・・・・聴いてんでしょうけど俺、警察官になります。織江さんの為に」

 言い切った彼にわたしは息を呑む。
 けれどそれ以上は聴く耳を持たないとばかりに、渉さんがほくそ笑みながら殺気を放った。

「この俺に喧嘩を売る度胸は買ってやる。お前みたいなガキも嫌いじゃねぇが。・・・織江に手を出してみろ。骨も残さんぞ、覚悟しておけ」

 行くぞ、とわたしを見下ろした眼差しはもういつもの渉さんで。振り返ることも赦さないように、わたしをしっかりと自分に引き寄せ、車に向かって歩き出す。

「お疲れさま、牧野君・・・っ」

「おやすみ織江さん」

 慌てた声だけ掛けると、低いトーンで背中越しに短く返った。
 



 クラウンの後部シートに押し込まれ気味に乗せられ、滑り出した車内で渉さんを窺う。

「・・・今日はどうしたんですか。びっくりしました、渉さんが来るなんて思わなくて」

 しかも皆んなの前に出て来るなんて。

「俺が挨拶をするのは当然だろう」

 事も無げに。それは間違いではないです。けど。

「まあ・・・一度見ておきたかっただけだ。織江があんな風に笑うのも初めて見られたしな」

 あんな風・・・? 見られたしな?

「ユリはどこで飲ませても、あのテンションだが」 

 人の悪そうな笑みを浮かべた渉さんを見て、ハッとする。

「も、しかして、渉さん海鳴り亭の中に居たんですか・・・?!」

「ほんの30分くらいだ」

 それを聞いて恥ずかしさのあまり一気に顔が火照った。 

「言ってくれれば・・・!」

「それじゃ面白くないだろう」

「最近・・・意地悪です、渉さん」

 恨みがましく拗ねて見せる。

「可愛いさ余って、ついな」

 ククッと笑いをくぐもらせたあと渉さんは愉しそうに、散々キスを落としたのだった。