その夜。渉さんから、戻ると電話を受けたのは日付けも変わった頃だった。
 インターホンが鳴り、玄関まで迎えに出たわたしは。ドアを開けて入って来た渉さんに、お帰りなさいを言おうとした。言おうとして視線が固まった。
 渉さんの後ろを続いて入って来たのは、サングラスの女性。オレンジ色のオフショルダーの七分袖ニットに、白のサブリナパンツ。深紅のハイヒールが艶やかに足許を魅せている。
 一歩わたしに近づき、ブリッジに手をやった彼女はおもむろにサングラスを外す。

「・・・・・・織江ちゃん」

 少し泣きそうに。それでもあの、いつもの明るい笑顔を精一杯見せようと微笑んでくれたのは。他でもない。

「・・・由里子さん・・・」

 だった。

 驚きよりも、申し訳なさが真っ先に溢れて。玄関先で由里子さんに抱きつき、子供みたいに泣きじゃくるわたしを。

「・・・落ち着け織江」

 頭を撫でて渉さんが宥める。

「ユリとはいくらでも話をさせてやる。・・・ほら来い」

 ようやく顔を上げると、しょうがない、とでも言いたげな苦笑いを浮かべた渉さんに引き寄せられた。

「そのうち身体から水分が無くなるぞ」

 言いながら、頬の涙を掌で拭ってくれる。

「俺が帰るより、ユリに会えた方が嬉しいか」

「・・・意地悪云わないでください」

 少し拗ねて見せたわたしに、お前が悪いと不敵に笑い繋げられたキス。どんどん深まって途切れなくなる。
 
「相澤君、いい加減にしないと殴るよ」

 とうとう業を煮やした由里子さんの、怖い声が背中からしたのだった。