何故、と一段低い声が返り、わたしは顔を上げた。

「・・・相澤は否定もしない。つまりは事実だ。君も解ってる筈だね」

 差し出した腕を下ろした彼の眸に、もう哀しみの気配は残っていない。少し遠い目をして、じっとこちらを見つめる。

「本当の事を隠して、店まで辞めさせた男を結城さんは信じるの? 俺には相変わらず、そいつは我が身可愛さの卑怯者にしか見えない」

 高津さんは更にもう一本、渉さんの心臓に見えない刃を突き立てた。黙ったままのわたしから視線を外すことなく、淡々と言い重ねる。

「・・・由里子は田村さん達に、結城さんのお母さんが倒れて入院したって嘘を言ったんだ。君がいつでも戻れるようにね。あの子達はそれまで頑張るつもりでいるよ。それに・・・牧野君だっけ、彼も時々手伝いに来てくれてね。皆んな結城さんを心配してる」

 悪意は欠片も感じないのに。彼の言葉は確実にわたしの急所を抉っていた。

 由里子さん。
 果歩ちゃん。
 野乃ちゃん。
 ・・・牧野君。

 知らなかった。由里子さんがわたしを待ってくれているなんて。居場所を残しておいてくれたなんて。
 ああ・・・。皆んなに会いたい。会って、謝っても謝っても足りないぐらいだけれど。それ以上に、ありがとうって沢山云いたい。
 戻れるなら。戻りたいの。笑顔の絶えない大好きなあの場所に。少しでもわたしを必要としてくれるあの場所に。失くしたくなかった・・・あの場所に。

 胸の奥が締め付けられて息が苦しい。わたしは泣くまいと。唇をきつく引き結んだ。涙を見せては駄目。何より渉さんが傷付いてしまうから。

「・・・泣きそうな顔だね」

 高津さんは儚げに微笑む。

「我慢しなくていい。俺とおいで結城さん。君がその男に縛られて生きる理由なんて、どこにもない」

 俺がずっと守るから泣かなくていいよ。


 その言葉はわたしにだったろうか。
 遠く届かない、彼女に向けて云ったように。・・・聴こえた。