たった一人の姉を失った弟の悲しみ。癒えることのない傷み。静羽さんを思えば思うほど、誰にも看取られることなくひっそりと息を引き取った彼女が、不憫で可哀そうで、心が千切れそうになる。渉さんを決して赦せなくなる・・・・・・。
 
 とても優しいひとだったのじゃないかと思う。
 静羽さんの幸せを誰よりも願って。渉さんが何者であっても、受け容れて祝福した。それを裏切られた思いが歪んで、今の彼を形作ってしまった。

 冷たい水底に沈んだままの、高津さんの心を掬ってあげられたら。
 何より静羽さんが一番・・・こんな二人を望んでいない筈だから。
 
 差し出されたその手を取れば。彼の荒んだ心が和らぐだろうか。
 渉さんを二度と、苦しませたり傷付けたりしなくなるだろうか。

 一瞬。
 わたしは。
 
 何を選ぶべきかを。


 惑って。


 深く。胸の奥でゆっくりと呼吸を逃す。 


「・・・・・・・・・ごめんなさい。わたしは、高津さんとは行けません」

 静かに彼に向かい頭を下げ、・・・下げ続けた。
 もしも。渉さんが不実な罪を犯したというなら。
 わたしもその罪を背負って、彼の憎しみを受け止める。
 一生付き纏うのだとしても傷みを負い続ける。ふたりで。

 覚悟はきっとこういうものなのだと。
 この躰に刻んだ。