降りるぞと声を掛けられ、俯いているしか無かった顔をハッと上げた。扉が開き、脚を踏み出すとそこはもうレストランの中だった。

「いらっしゃいませ」

 恭しく迎えた蝶ネクタイのメートル・ディーに渉さんが名前を告げ、窓際の席に案内される。

 高層階の眺望レストラン。一面ガラス張りで、薄いレースカーテンが天蓋のように景色を邪魔しない程度に、上から弧を描いて垂れ下がっている。
 店内は白と青を基調にしたエーゲ海の島を思わせるオリエンタルな雰囲気で、それほど格式ばった感じのしないフレンチレストラン。確か有名三星フレンチのシェフが監修するお店・・・だったかしら。

 藍色のクロスが敷かれたテーブルの上には、ナイフやフォークが綺麗に並べられてあって、見よう見真似でしか憶えていない作法の拙さを思うと、緊張で何も食べられなくなりそう・・・・・・。
 他のお客を何気なく見渡しても、男性がスーツ姿の20代のカップルだとか、年配の女性同士だとか。和やかなムードで食事を楽しんでいる様子だった。

 もちろん渉さんの存在感が浮くとか、そんなことも全く無いのだけれど。

「渉さんがフレンチって・・・珍しいですね」

 どうしても箸を使う和のイメージが強いから。新鮮すぎるというか。

「たまにはな」

 わたしが意外そうな顔を隠さなかった所為か、彼は少し困ったような、苦そうな笑みを浮かべた。

「・・・お前とでなけりゃ来る気はしないが」

 ワインが苦手なわたしに合わせて、食前酒のシャンパンをグラスを傾けて飲む。その仕草も様になっていて勝手に目を奪われる。

 なんかもう。泣きそう。わたしが特別。・・・と聴こえて、ひどく有頂天になってしまいそうだし。渉さんが普通に格好良すぎて、心臓が破裂しそうですし。

 ・・・・・・お腹も気持ちも一杯一杯です、お料理が出て来る前から。