小一時間ほど車は走って。渉さんと降りた場所が、テレビの情報番組でも取り上げられるような人気のツインタワービルの前だった事に、まず状況が飲み込めずにいた。
 ファッションなどのセレクトショップや美容サロン、グルメショップ、飲食店など合わせて100店舗近くのテナントが展開されていて、平たく言ってしまえばデートスポットみたいなものだ。

 夜空にそびえたつ近代的な造形を見上げてから、光り眩いエントランスに目を落とすと。会社帰りのOL同士や男女の二人連れが、楽し気に次々と中へ吸い込まれて行く。
 一度くらいは行ってみようかな・・・と思っていたし、目的地に問題は無いって思う。ただ。
 
「・・・どうした。来い織江」

 事も無げに歩き出した渉さんが振り返り、少し呆然と立ち尽くしていたわたしを訝し気に見やる。

「あ、・・・はい・・・っ」

 慌てて小走りで渉さんの横に並んだ。彼がこういう場所を選んだのが少し・・・かなり意外で。
 ホテルに泊まるとか、高級なお店に食べに連れて行ってもらったりとかはこれまでもあった。けれどあからさまにデート・・・みたいな事は、好まないだろうと思っていたから。

 人の波間を普通に二人で歩いているのが夢みたい。
 他の人の目に自分達はどう映るんだろう。恋人というには雰囲気に甘さが無いかも知れない。渉さんはどこに居ても毅然としているし、オーラが違うと言うか。それでいて顔立ちは整っているし、身長もあるしスーツは似合うし、ほら。周りからすると、ただの恰好良い男のひとで。
 すれ違いながら女性達の視線が必ず彼を捉え、それから隣りのわたしを値踏みするように舐めて過ぎる。
 
「・・・見た? まあまあ美人だけどさ、地味カノだったね」

 前から歩いて来た三人組のOLが、背中越しで笑い声を立てたのが聴こえた。

「彼氏、超イケメン! もったいないよねー」

 ・・・・・・そこは同感だけれど。内心で苦笑い。こんな見知らない他人の目にも止まってしまうんだから、夜のお店とか間違いなく女の人が渉さんを放っておかないわ・・・。

 真剣に落ち込んでしまうから、敢えてそこは考えないように考えないようにしてたのに。気取られないよう溜め息を逃したつもりで。気配に敏い彼には見逃してもらえなかった。

「・・・・・・何を余計なことを考えてる、織江」

 エレベーターホールでエレベーターを待ちながら。低い声が頭の上から。隣りを見上げると、咎めるような視線が降って来た。

「お前は堂々と俺の隣りに居ろ。俺が決めた女だ」

 さっきの女子達の声は渉さんの耳にも届いていたよう。気持ちを見透かされついでに、神妙な面持ちで訊いてみる。

「・・・渉さん、やっぱり女の人にモテますよね?」
 
 すると一瞬、彼の視線が固まり、それから少し愉し気に口角が上がった。

「不自由はしなかったがな」

 ・・・だと思います。

「お前以外の女に興味が無くなって、だいぶ男が下がったらしいぞ」

 クスリと妖しく笑われる。
 嬉しいのと、何かよく分からない恥ずかしさで。乗り込んだエレベーターの中でも、まともに渉さんの顔が見られずに、ひとり困っていたのだった・・・・・・。