時間ちょうどに迎えに来た坂下さんの運転で、いつもの車の後部シートに渉さんと二人。
 明るめのグレーのスリーピースに黒色のシャツ、斜めストライプ柄のえんじ色のネクタイをした貴方は、いつもよりもシックな雰囲気を醸していて。

 七分袖のシフォンブラウスに膝丈のサーキュラースカート、それにパンプスのこの格好で良かったのかと、わたしは内心で少し落ち着かない。
 髪はハーフアップにしてバレッタで止めたのだけれど、出かける間際、藤君に呼び止められて向きを直してもらったりも。

『・・・勿体ねーから今度、編み込みしてやるよ』

 ボソッと言われたのを思い出す。
 ・・・藤君てそういうのも器用そう。何ていうか、男の子だけど“お姉ちゃん”と居るみたいな。胸の内でクスリと笑みがほころんでしまう。

「・・・・・・藤とは仲良くやれてるようだな」

 それまで黙っていた渉さんが不意に言った。

「えっ・・・藤君、です・・・か?」

 思わず二度三度、瞬きをする。心をそのまま見透かされたのかと驚きのあまり、ところどころ言葉に詰まった。

 スモークウィンドウ越しに、行き違う車のヘッドライトが渉さんの表情を薄っすらと浮かび上がらせる。不機嫌そうな横目がどことなく拗ねているように見えたのは・・・気のせいかしら?

「珍しくアイツも織江に懐いてるようだしな」

 懐く・・・・・・。わたしに?
 ほんの少し考え込んでから、渉さんに視線を傾げて見せた。

「どちらかと言うと・・・わたしが懐いてるほうだと思います」

 思ったままを素直に。刹那。運転席の坂下さんが低くむせた。あ。・・・失敗。
 気が付いた時には、隣りから凍てつくような冷たい視線が注がれている。慄(おののき)きながらもわたしは懸命に弁明。

「あの、藤君はお兄さんみたいと言うか。むしろ迷惑かけっぱなしですし、いつも叱られてばかりで申し訳ないってそういう意味ですから」

「・・・・・・・・・」

「変な意味じゃありませんから、本当に」

「・・・・・・・・・・・・」

「わたしは渉さんしか愛してませんし・・・っ」

 上から威圧的にわたしを睨め付けていた渉さんの眼差しが、スッと細まって漸(ようや)く気配が緩んだ。