「お帰りなさい。・・・お疲れさまでした」

 午後4時を過ぎた頃に戻った渉さんを、わたしは普段と変わらない笑みで迎えられたと思う。一瞬、目を細めてから。貴方は仄かに口の端を緩めた。

「・・・いい子にしてたか」

「はい」

 ・・・藤君のお陰です。
 友達とも違う不思議な関係。けれど彼の辛味たっぷりの優しさに、いつの間にか心を掬われている。

「・・・・・・・・・」

「? どうかしましたか?」

 リビングに通じるドアの手前で渉さんが立ち止まり、不意にわたしをじっと見つめた。

「いや・・・。お前は分かりやすいな」

「??」

「いい。気にするな」

 困ったような、苦そうな笑みを滲ませるとわたしの頭を軽く撫でる。 
 
「7時には出るからそのつもりでいろ」

「はい。・・・あの、きちんとした方がいいですか?」

「それなりの恰好はしておけ」

 どこへ行くとも貴方は云わずに。
 

 


 寝室のウォークインクローゼットの中で、クリーニングに出すスーツやシャツを纏めていると、シャワーを浴び終えた渉さんが入って来た。

「渉さん、どのスーツで」

 出かけますか、と訊こうとして振り返った瞬間に。腕が引っ張られて割りと勢いよく躰ごとベッドに沈む。
 仰向けのわたしの顔の両脇に手を付き、真上から見下ろす渉さん。腰にバスタオルを巻き付けただけの姿で、逃げられないのは分かっているけれど。一応云うだけ言ってみる。

「あの、わたしも出かける用意が・・・」

「加減はしてやる」

 事も無げに、ほくそ笑んだ彼は。

「声は抑えろよ? それとも藤に聴かせるか」

 言いながらもう。服の下に滑り込ませた指で、わたしの思考を奪いかけている。

「・・・むり、です、・・・こえ、・・・っんッ・・・」

 自分の手で口を塞ごうとすると、それも許してもらえない。

「駄目だ。・・・最後まで堪えろ」

 意地悪気な響きで低く命令され、思わず身をよじり涙目で渉さんを見上げた。

「俺を妬かせた罰だ。責任は自分で取れよ織江」

 目を細めた貴方は、口の端で不敵に笑う。

 いつ何をどう妬かせたのか。身に覚えのないわたしは理不尽に啼かされて。
 けれど。こんな甘苦い独占なら。・・・少しくすぐったくて、シアワセな気持ちもしてしまうんです。