「・・・何やってんだよ、そんなトコで」

 背中から藤君の冷めた声が聴こえても。わたしは床から立ち上がる事も、返事をする力さえ残っていなかった。
 
「世話焼かすな、ったく」

 苛立ったような口調で少し乱暴に二の腕を掴まれ、引っ張り上げられるとリビングのソファに突き倒すように座らせられる。
 それからキッチンで作業をする音だけが響き、戻った彼はローテーブルの上に無造作にマグカップを一つ置いた。

「飲めよ」

 うっすらと湯気が立つホットミルク。仄かに甘い薫りが漂う。
 有りがとうとすら云えないわたしに藤君は。間を置いてから「・・・あんたさ」と低く言った。

「若頭代理の女やめたら? こんなコトぐらいで死にそーなツラして、この先ナニをどう出来んの? んな半パな覚悟でやってけるかよ、バカ女」

 俯いたままのわたしの頭の上から、容赦なく放たれる言葉の矢。貫かれて、返す言葉も無かった。

「・・・晩メシん時も、そのツラしてたらマジ殺すよ」

 火花を散らしたような気配が。いつもの不機嫌さとは違っていたのを感じさせた。

 やがてキッチンから、包丁で何かを刻む規則正しいリズム音や水がシンクを流れる音、カチャカチャと何かを混ぜる音がし始めて。
 わたしはマグカップにゆるゆると手を伸ばす。甘くて温かくて、微かにブランデーの薫りがした。

「・・・・・・おいしい・・・」

 独り言を呟く。
 
 藤君に叱られてしまった。しっかりしろって。
 傷口に何倍もの塩を摺り込む言い方は彼らしいけれど。ホットミルクの甘さで半分和らぐ。・・・本当に藤君らしい。