心が擦り切れそうになりながら抱かれ続けて。
 彼が仕事に出掛ける夕方。玄関先まで見送りに出ても、弱弱しい笑顔しか向けられていなかったと思う。
 
 黒の革靴を履き、黒いシャツにブルーのネクタイを合わせたスーツ姿の渉さんは。向かい合ったわたしをじっと見つめてから静かに言った。

「・・・いいな、お前は晶には関わるな。いずれ俺が片を付ける事だ」

「・・・・・・はい」

 伏目がちに服従を口にする。今の自分は何かを考える機能が麻痺していて。彼の言葉を云われるままに、ただ受け容れているだけで。

「織江」

 命令がかった声音に眸を上げる。支配者の・・・厳しい顔付き。
 何だかもうずっと。貴方が笑うのを見ていない・・・気がする。

「お前は俺の何だ。・・・言ってみろ」

 この三日間、気が遠くなりそうに躰を責められている時でも、何度も誓わされた言葉。

「わたしは・・・渉さんのもの・・・です」

「忘れるなよ」

 伸ばされた指がわたしの顎に掛かって。貴方はすっと目を細めた。呪縛の様に囚われて。・・・動けない。
 
「お前は俺の事だけ考えていればいい。・・・他は必要ない」

「・・・はい・・・」

 首に巻かれた見えない鎖。重みだけが圧し掛かる。

「しばらく表には出るな。・・・何かあったらすぐに報せろ。いいか」

「・・・はい」

 鳥籠に繋がれてわたしはただ此処に。・・・何の為に。貴方のものでいる意味は・・・何なのでしょう。
 高津さんの言葉が絡みつく。軋む。・・・歪む。

「明日は早めに戻る。・・・夜は出掛ける準備をしておけ」

 最後は少し眼差しが和らいだように見えた。そのまま唇を合わせ、渉さんは毅然とした後ろ姿でドアの向こうに消えた。

 
 ・・・ひどく疲れていた。心も躰も限界だった。糸が切れたように、床の上に崩れ落ちて。このまま、魂の無い人形になってしまえたら。いっそ、人形になりたい。
 ・・・ぼんやりとした意識の中で呪文のように繰り返していた。