ほんの短い間に起こった全てをどう理解したらいいのか。ただ茫然と立ち尽くしていた。考えようとしても何かが拒む。その先が、行き着く先が怖いと。
 胸がグシャグシャに圧し潰されたよう。全部がひしゃげて、歪になって。元の形がどうだったのかさえ。

 知らず口許を隠すようにキュッと握りしめた右手。どうしてキスなんて。

「・・・・・・電話ぐらい出ろ。つか、あのぐらい避けろ。バカ」

 その時。背中から藤君の低い声がして。わたしは肩を一瞬ふるわせた。

「見て・・・たの」

「・・・マンション出てから、ずっと尾行(つ)けられてたんだよ。だからわざと泳がせてやった。高津が待ち伏せしてんのも、最初から見てたっつの。俺があんたを一人にするワケねーだろ」

 溜め息が漏れたのが聴こえ、前に回り込んだ彼はわたしをじっと見下ろす。

「あんなの野良犬にされたと思っとけよ。・・・代理にも黙っといてやる」

「・・・・・・・・・」

 それも藤君なりの気遣いだと分かってはいた。
 渉さんが知ったら。きっと二度と外の世界には出してもらえない。一生、籠の鳥。でも嘘は。
 わたしは口をキュッと引き結び、俯いたきり何も云えなかった。

「結城。・・・ちょっとこっち向け」

 不機嫌そうな気配に、おずおずと顔を上げた。瞬間。藤君と唇が重なった。さっきよりも、湿り気のある生温かいはっきりとした感触。

「△※〇&✕▢・・・ッっ?!」

 なっ。な、なんで、どうして藤君っ?!!

 その衝撃と言ったら。高津さんにされたのより千倍、ううん一万倍以上で。唖然として目の前の彼を見上げた。
 最近はツーブロックにして、両耳のサイドを少し刈り上げた髪型の藤君。不本意そうに金髪頭の天辺をクシャクシャっと掻き、わたしを思い切り睨め付けてくる。

「俺が出来るぐらい大したことじゃねーんだから騒ぐな、ドアホ」

 え。あの、だって。そもそも藤君、女の人ダメな筈で。えっと、えぇと。頭の中がグルグルと。

「・・・で? これも代理に云って欲しいの?、どっちなの」

 今すぐ氷漬けにされちゃいそうな視線に気圧されて。

「い、・・・わないでいい、です」

 首を横に小さく2回。

「なら帰るよ?」

「う、うん」

 藤君はがっしりとわたしの二の腕を掴むと、引き摺るようにしてそこを出る。

 車に乗り込むまで離さずにいたその力強さを。やっぱり男の子なんだなってすごく意識してしまったのと。彼は彼なりに、わたしを守ろうとしてくれてること。方法はどうあれ・・・それが身に染みて嬉しかった。

「・・・ありがと藤君」

 走り出した車の中で。どう言えばいいのか、それでもその言葉しか無くて。
 荷物が積んであるから、と初めて助手席に座らせてもらい。藤君はフロントガラスの向こうを見やったまま、・・・別に、といつものように素っ気なく答えただけだった。