「・・・ここでは出来ないお話ですか」

 わたしは動揺を押し隠して、平静を装ったつもりだったけれど。出た声はひどく硬かった。

 どうして高津さんがここに。・・・それも藤君と離れたのを見計らって。
 目的が分からない上に、やはり好意的とも思えない。彼は『相澤』・・・と簡単に呼び捨てていたのだから。
 相手の気配に全神経を集中させながら、慎重に断りを口にする。

「今日は一人じゃないですし、今からはちょっと・・・」

 すると高津さんは、ああ、と軽く肩を竦めて見せた。

「藤代高雄(たかお)だっけ。相澤の番犬(イヌ)は、結城さんの好きにはさせてくれない訳か」

 ずいぶん窮屈だね、と向かい合った彼は苦笑いを浮かべる。

「俺は君を鳥籠に閉じ込めたり、無理矢理に店を辞めさせるなんて傲慢なやり方は、絶対にしない」

 思わず目を見張ったわたしを、不意に真顔で見据えた。 

「いずれ君も分かる。あの男は所詮、自分の出世の為だけに生きてる。姉さんをたった独りで死なせてもね。これ以上、相澤の犠牲になる女は見たくない。俺は君に姉さんの二の舞は踏ませないよ。・・・絶対に」

 ふわり。
 一瞬、風が揺れた。と思った。
 あっと思った時には目の前に高津さんの顔が迫っていて。唇に何かが押し当てられた。・・・うそ。
 驚きのあまり声も上げられなかった。

 「またね」

 指で頬を撫でた彼は淡く微笑み。その場から動けずに追うことも出来なかったわたし。

 トートバッグの中でスマートフォンが震えながら、シロフォンの着信音を奏で続けてるのを。ぼんやり遠くに聴いていた。