「織江は藤と帰れ。今夜からしばらく俺もそっちに戻る」

「はい」

 支度を済ませ、部屋を出る前に渉さんが言った。

「済まんな、昼飯くらいと思ってたんだが。・・・また後でな」

 掌でわたしの頬に触れ、軽くキスを落とす。

「大丈夫です。いってらっしゃい・・・気を付けて」

「ああ。・・・藤、頼んだぞ」

「承知しました」

 最後は藤君に言い置いて、渉さんは坂下さんと先にドアの向こうへと消えた。

「結城、腹減ってんの?」

「うん。朝、食べてないから」

 苦笑交じりに返すと、何を想像されたのか、あっそ、と心底呆れ顔で言われる。
  
「あとこれ結城のな」

 それから藤君は、わたしのじゃないスマートフォンを何故か手渡して来た。目線で問い返すと、どうでもいい事のように彼は答えた。

「あんたのはオレが預かってる、代理の命令で。渡したヤツは番号違うし、使うアドレスしか入れてない。・・・だから店の連中とは連絡取れないからな」 

 言葉を失う。まさか渉さんがここまで徹底するなんて。ショックというよりも寧ろ、確信したことがあった。

 セルドォルの皆んなと連絡を取らせたくないんじゃない。由里子さんとだ。わたしと渉さん、共通するのは彼女。由里子さんとわたしが接触するのを・・・恐れているの? どうして今更。


 頭の中で記憶の断片が、パズルのピースのようにバラバラに散らばる。

 昨夜。わざわざ渉さんが海鳴り亭まで迎えに来たのは何故?

 あの時の、凍てつくような冷たい気配は何? 誰に向いていたの?

 セルドォルを辞めさせてまで、由里子さんとの繋がりを絶たせたいの? なぜ?



 その、どれもに当てはまり得る、中心のピースは。“高津 晶”、・・・彼だ。