どうして、と訊き返そうとして、その科白を聞いた憶えがあるとぼんやり思い出した。
 セルドォルを辞めろ。・・・と本気で言っていた・・・? 
 わたしは信じられないものを見るかのような、蒼白の表情で彼を見返したと思う。だって。分からない。急にそんな。理由は? 何がどうなって。

「・・・どうして、・・・ですか・・・」

 強張った表情のまま。わたしはやっとでそれを云った。

 いくら渉さんでも、そこまでわたしを理不尽に支配する権利があるの?
 ギシギシと音を立てて、心の軋む音がする。
 泣きたいのか、色々なものがせめぎ合う。

「・・・・・・俺が決めた事だ。不服か?」

 上半身を起こした渉さんは、有無を云わせない様子でわたしの顎に手を掛け、力を込めて自分に向かせた。
 間近で視線がぶつかる。真っ直ぐで厳しい、・・・揺らぎの無い絶対的な眼差し。本気・・・だと。目の当たりにして動揺のあまり、躰の芯に震えが来た。

「・・・理由を、教えて、ください」

 それでもまだわたしは、渉さんが少しは聞き届けてくれるんじゃないかと、希望を捨てていなかった。話せば分かってくれるひとだと。感情の読めない彼の眸に、すがるように訴える。

「理由があって辞めろと云うなら、・・・納得します。牧野君も居ないし、今わたしが辞めたらどうにもならない。お願いですからせめて、・・・せめて高津さんが慣れるまでの間だけでいいです、続けさせ」

「駄目だ」

 完膚なきまでの拒絶。

「・・・お前は俺の何だ、織江。云ってみろ」

 渉さんはすっと目を細める。

 もうそこには、鐵(くろがね)のように冷たくて硬い、決して翻ることのない何かしか。
 貴方はわたしのどんな言葉も、受け入れるつもりが無い。最初から。
 文字通り絶望だった。
 愛するひとの手で命綱を断ち切られたも同じだった。
 
 感情が何も湧かない。・・・考えてしまったら。崩れて壊れる。
 自分に何が起こっているのか、現実を本能的に遮断してしまったよう。