レース調のカーテンだけ引いてあった室内は、差し込む朝陽に白々しく。ぼんやりと目が醒め見慣れない天井に一瞬、自分がどこに居るのかと記憶を辿る。
 渉さんの逞しい腕の中ということだけ、ひどく安心していた。小さく寝返りを打つと、本当に久しぶりの彼の寝顔があった。下りている前髪で普段より年相応に見える・・・かしら。
 スーツを着て髪形を整えている姿は風格が滲んでしまうから、すごく大人に見えてしまうの。
 
 離れている間、渉さんはどうしてましたか・・・? ちゃんと眠って、ご飯も食べて。・・・お酒は強いんでしょうけど心配です。
 どこも怪我したりしないで元気でいてくれて、よかった・・・。また・・・逢えなくなってしまうんですか?
 ずっと傍にいてもらえない事は分かっているのに。寂しくて鼻の奥が、つんとしてしまう。渉さんの素肌に顔を寄せ。少しでもこの温もりから離れないでいよう。

 そのとき。彼の腕が、わたしの躰をぐっと引き寄せた。
 
「・・・ごめんなさい。起こしちゃいました?」

「いや・・・」

 わたしも、彼の躰に柔らかく腕を巻き付けながら。髪を撫でてくれる大きな掌。・・・とても好き。
 言葉なんて無くても、通じ合えているものは沢山ある。心が満たされていくひとときだった。

 しばらくそうしていて、渉さんが「・・・風呂にでも入るか」と言った時。今朝がいったい何曜日なのかと我に返った。昨日が日曜だから月曜、・・・出勤!

「仕事、遅刻・・・っ?!」

 思わず跳ね起きて独り言を叫んでしまう。ヘッドボードに置いたスマホの液晶を覗くと9時8分。・・・ここがどこのホテルか分からないし、着替えとかお化粧とか、どこをどう見積もっても完璧な遅刻決定・・・。
 開店時間に間に合わないって、出勤の果歩ちゃんにライン入れておかなきゃ。高津さんは午後からだから彼女一人になっちゃう。急いで画面を開こうとして。横から突然、スマホを取り上げられた。 
 
「あ・・・っ、渉さんっ?」

 驚いて振り返る。悪戯でそういう事をするひとじゃないと分かっていたから尚更に。

「駄目です、果歩ちゃんに連絡しておかないと。わたしが行くまで一人になっちゃうからっ」

 どうしてこんな真似をするのかと抗議の意味も込めて、わたしは真剣に言った。
 渉さんは何も応えずに、こちらをじっと見据えてから。やおら口を開く。

「・・・お前は行かなくていい。ユリにもそう言っておいた」



 貴方が。突如まるで果ての見えない、真っ黒な壁になってわたしの前に立ちはだかったように。見えた。