「わたる、さん・・・?」

 どうして。ここに渉さんが。
 何の前触れもなく、あんまりに突然で。意識が追い付いて来ない。

「・・・早くしろ」

 静かだったのに威圧的な命令。

「あ、はい・・・っ。由里子さん、お疲れさまでした・・・!」

 我に返って。二人に小さく頭を下げ、小走りで反対側から車に乗り込む。

 開いた窓が下からスライドして閉まる寸前に、由里子さんが「相澤君っ」と叫んだ声が聴こえた。切羽詰まったような響きが耳に残って、走り出した車の中から思わず後ろを振り返る。佇む二つのシルエットが視界を過ぎって。あっという間に景色ごと流れ去った。
 そしてわたしは。まだ信じられないように、隣りに居る彼を見上げた。グレーのスリーピースに黒いシャツ、ネクタイはアイスブルーで。髪は少し前髪を落とし、サイドは後ろに撫でつけるように。幾らでも見入っていたい端正な顔。切れ長の眸。その風格も纏う空気も・・・どこも変わっていない。
 愛おしい、わたしの貴方。やっと。目を細めてわたしを見つめ返してくれる。あの剣呑さはまるで消えて。

 腕が伸びて来て、指がわたしの頬をなぞる。彼の指がわたしに触れている。ああ・・・夢じゃない。そう思ったらもう、涙が零れ落ちていた。逢いたかった。逢いたかった。死ぬほど逢いたかった・・・!

「・・・泣くなと言ったろう」

 貴方は優しい声で。自分の胸元に引き寄せて。わたしの髪を撫でながら。泣かせてくれた。
 何かもう。行き場の無い想いで膨れ上がった風船が、一瞬で破裂したみたいに。止まらなくて。子供のように、しゃくり上げてすすり泣いた。

「いい加減、泣き止め。・・・織江」

 困ったように口許を緩めて。きっとそんな表情でわたしを見守っている。
 
「・・・ごめんなさい」

 少し躰を離すと両の指で目元を拭い、手の甲で頬の涙も拭った。
 顔を上げれば、穏やかな眼差しでわたしを見つめる渉さんが居て。・・・さっきのあの気配は、いったい何に向けられたものだったのか。