裏口の外は、隣りのマンションとの外塀で仕切られた、表道路への通路だった。二人すれ違うのがやっと位の幅で、奥は行き止まり。人目も少ないから警備システムも勿論そなえてあって、ドアには警備会社の目立つステッカーと、防犯カメラも24時間態勢でモニターされているそう。
 店内は禁煙だから、裏口脇にスタンド型の灰皿を置いていて、そこが喫煙場所になっていた。

 パンツルックの由里子さんはメンソール系のスリムな煙草に火を付け、鮮やかな色の唇から紫煙を細くゆっくりと逃した。
 彼女は顔立ちがはっきりとしていて、派手なメイクをしなくても目元とと口許を強調するだけで、とても華のあるひとだった。

「・・・織江ちゃんはどう思った?、高津君」 

 どう、と訊かれて、それが彼の仕事の能力についてなのか、人柄についてなのか少し戸惑う。それでも思ったままを口にしてみる。

「仕事はきちんとやってくれそうな感じがしますけど・・・」

「けど?」

「・・・何ていうか掴みどころの無いひと、・・・って気がします」

 笑顔、空気、・・・彼に偽りの気配があった訳じゃない。けれど何となく。上手く言えないけれど、どことなく温度が感じられないひとだと思った。穏やかに笑っているのに、温かみが薄ぼやけている。・・・ような。あの目・・・かしら。

 わたしの答えに由里子さんは、なるほどぉ、と小さく笑った。

「織江ちゃんの勘は当たってるかしらね。あたしが云うのもなんだけど、彼、曲者だから気を付けてね」

 あっけらかんと言われて思わず瞬き。曲者って・・・あのう、由里子さん?

「別に危ない子じゃないから安心して? ただ本職が夜の仕事だから、女の子に付け入るのが上手いの。織江ちゃんには相澤君がいるから、心配してないけど」

 由里子さんは片目を瞑って、悪戯っぽく言う。

「高津君の云うこと、本気にしちゃダメよ?」

「それは大丈夫です。絶対ないですから」 

「・・・何を云われても相澤君を信じなさいね」

 最後は少し低く、囁くように。
 どういう意味ですか、由里子さん?
 訊こうとしたわたしを彼女は艶やかな笑みで遮り、灰皿の蓋に押し付けて火を消した吸殻を穴から落とすと、するりとした身のこなしでドアの内側へと戻って行った。

 由里子さんはわたしに何を云いたかったの・・・?
 漠然とした不安が胸の内に、墨を溶かしたように広がって。

 
 高津さんの歓迎会の予定を、果歩ちゃん達と屈託ない笑顔で相談している彼女が少し・・・、近いのか遠いのか分からなくなった。