どうして最後の最後に、彼は打ち明けたのか。わたしが止めるのは計算ずくだった筈なのに。
 そうやって牧野君は、消えない“跡”を残したかったのだ。自分の存在を忘れさせない跡を。 
 
 でもね。牧野君が思うより、わたしは薄情で酷いと思うの。君がわたしを想ってどう生きても。ここで別れたらもう。過去のひとだわ。この先のわたしの人生に牧野知樹は存在しない。・・・二度と。

 渉さんなら。好きにさせておけ、と不敵に笑うかしら。そんな男の事は忘れろと、きっと貴方は当たり前に言う。

 わたしは。あらゆる感傷を呑み込んで。聴こえるような大きな溜め息を逃した。

「・・・・・・聴かなかったことにするから」

 彼がこっちを見た気配がしたけれど、今度はわたしが真っ直ぐ前を向いたまま。目を合わせない。

「きっとわたしにはそんな価値も無いって・・・すぐに思い直すわ。警察官なんて・・・牧野君には向かないと思うし、途中でもっと違うこと見つけると思う。そのうちね、牧野君のそういう一途なところとか、分かりにくいけど優しいところとか、解って一人の男性として見てくれるひと、ぜったい現れるから。・・・勿体ないからちゃんと、周りを見渡してね。世の中、広いんだから」

 牧野君は、野乃ちゃんの密かな想いを知らずに去って行く。彼女が臆病にその気持ちを閉じ込めてしまったことも、わたしと牧野君のベクトルが向き合わないまま終わることも。・・・不条理な時の運だわ。
 それでも。些細な分岐点が、人生をいつどんな風に導くか。可能性は無限だもの。

 この先。牧野君が今の自分を貫いて、わたしという幻影を棄てられなかったのだとしても。わたしは彼の人生を無駄にして、彼を忘れて、渉さんの為に生きているの。

「いつか“彼女”を連れて、セルドォルに遊びに来てね」

 牧野君を振り仰いで。ぶつかった眼差しに、心からの微笑みを贈った。


 ・・・キツイこと言うっすね、とボソッと呟き、牧野君はメタリックブルーのヘルメットを被った。

「じゃあ・・・織江さん。また」

「・・・うん。元気でね」

 小さく笑い返した次の瞬間に不意をつかれた。
 抱き締められ、驚いたわたしが固まって何も云えない間に。牧野君はマウンテンバイクのスタンドを蹴ってサドルに跨り、走り出しながら花束を持った手を挙げて一回だけ振った。
 その姿があっという間に闇の奥へと消え去るのを、ただ呆然と見送って。

「なに抱き逃げされてんの、結城」

 後ろから藤君の呆れた声がした時には、今まで出したことも無いような声で不格好な悲鳴を上げてしまったのだった・・・・・・。