どうして。辞めると打ち明けられたあの時に気付けなかったんだろう。牧野君がここまでわたしに固執してた事を。
 あまりの迂闊さに、唇を引き結んで小さく歯噛みする。そんな選択をさせるほど、彼を追い詰めていた? 牧野君は納得して、諦めてくれてる筈だと思い込み過ぎていた?

 バッグのショルダーを握りしめる掌がじっとりと汗ばむ。わたしは全身に緊張を走らせて、牧野君に険しい表情を向けた。わたしが渉さんを守らなければ。それこそ差し違える覚悟にも似た思いで、頭にはそれしか無かった。
 
「・・・誤解しないで欲しいんスけど」

 わたしの不穏な気配に動じた様子もなく、牧野君は溜め息雑じりに少し低い声で言った。誤解、という言葉にわたしの警戒が幾らか緩んだのを。彼は淡々と言い重ねた。

「別にあのひとをどうこうする気なんて無いよ。警察って立場のほうが、織江さんの役に立ちそうだから。それで決めた」

「役に、って」

 更に混乱するわたしに、彼は小さく苦笑いを浮かべる。

「多分いつか分かる」

「でも、それって」

 混乱しながらもわたしは、牧野君を思い留まらせようと必死だった。

「駄目よ、やめて牧野君。そんな風に自分の人生使わないで。ちゃんと自分の為に生きなさい。牧野君がどう思ってくれても、わたしは渉さんの事しか見てないの、分かってるでしょう?!」 

「・・・そうだね。俺の勝手でやるだけだし、迷惑かけるつもりないよ」

「牧野君っっ」

「止めても、無駄」

 きっぱり言い切って、彼は顔ごと逸らした。