こんな私が、恋したみたいです。

「橋森くんとラインできなくなったら暇ですし!」




ニコニコの笑顔で、1ヶ月前みたいに笑う。




「そう、だな」




橋森くん、か。




仕方ないけど、やっぱりなれない。



「ねぇ、そう言えばさ」



充電された携帯を満足そうに眺めるりっちゃんに、声をかける。



「何ですか?」



「何の病気なの?」





記憶障害だけじゃ、ないはずだ。



だって、すでに点滴を打っている。




「秘密です」



俺にニコって笑って、携帯に向き直った。





言いたくないならそれでいいけど、やっぱり少しきになるかな。




お母さんと連絡を取っているらしく、しばらくずっと携帯を弄っていた。




いつ謝ろうかと、ウズウズしていても、なかなかタイミングを掴めない。




「…ママが」




「ん?」



俺も携帯を出そうとした時に、声が聞こえた。




「ママが、酷いんです」




「何で?」




りっちゃんの目に、涙がたまる。




「怒るから」




鼻をすすって、涙を乱暴に拭う。




「怒るのか」




「何で思い出せないのってずっと言ってくるし、入院代高いって文句ばっかだし」




「うん」



「迷惑かけてるって分かってるけど、でも、そんなこと言われても、私だってわかんないし」





「うん」




「自分の学校の名前も思い出せないし、トーク履歴は知らない人ばっかだし」




「うん」



「自分がどんな人間だったのか分かんないし、こういう性格でこういう喋り方で合ってるのか分かんない」



「うん」




「1番怖いの、私なのに」




「そうだな」



椅子から立ち上がって、俯いて涙を我慢しているりっちゃんを抱きしめた。




「怖いもんな」



「うん、めっちゃ、怖い」




間髪入れずに答えてくる。




「うん。でも、大丈夫だよ」




りっちゃんの頭を、静かに撫でる。



「何で?」



「神多が覚えてなくても、俺は神多のこと覚えてるから」




大好きなりっちゃんのことだから、俺は何1つ忘れてないよ。



「でもね、私、ひとつだけ覚えてるの」



俺の胸に顔を寄せながら、そう言った。



「どんなこと?」



「だれか分かんないけど、ラーメン食べに行ったこと」



「ラーメン?」



心臓が、ドキンと跳ねた。



だって、俺もりっちゃんとラーメン行ったから。



覚えてないと思うけど。




「そう!チャリ引いてる子と2人で行った!」



ニコニコしている声だったから、腕を離したら、予想通りに笑っていた。



「なんか、その子のおすすめってとこだったんだけど、なんでも美味しいから好きなの食べなって言われたの」




「うん」




それも、俺と一緒、なんだけど。



「だから、何にしようかなーって思ってたの」



ふふって、笑う。




「それなのにね、座ったら、なんとかラーメン2つ!って勝手に注文してんの!」



本当に面白い、と、笑いながら教えてくれる。




「…、それで?」




ねえりっちゃん、それね、多分





「それで、一緒に食べたんだけど、メンマ嫌いみたいで、私のとこにボンボン入れてくるの!」




やっぱり、俺だよ。



「楽しそうだね」



「誰だったんだろ〜」




んー、と言っている。



それ、俺だよって、言いたい。




「ちょっとトイレ行ってくるね」




立ち上がって、いそいそと病室を出た。