教頭、通称つるっぱげに鶫(学校ではそう呼べと言われた)が直談判した結果、教頭はすさまじい勢いで首を縦に振ったらしく、オーケーだと鶫らしい笑顔を添えて報告してくれた。

数日もせずに教頭は俺の席を作ってくれたらしく、予想よりも圧倒的に早かったために俺は驚いたが、よく考えたら校長の許可はいいんだろうか。試しに鶫に聞いてみたら、

「うちの校長は風紀的な面でしか目行ってないから、たぶん平気だよ」

と言っていた。


ちゃんと準備をして、せっかく早く起きたので鶫に弁当を作ってやると、鶫は 弁当なんて始めてだ! と笑顔で言ってくれた。ちゃんとした弁当を食ってないのはいつもだったようだ。
鶫より早めに家をでて、電車にのって数駅先に今日から勤務する高校がある。
たしか、私立富士崎学園、だったか。
高校というよりは中高一貫の学校で、かなりの人数が在籍しているようだった。
HRより先に教頭に会いに行くと教頭は涙をながしながら迎え入れてくれた。確かに、生徒からつるっぱげというあだ名をつけられるに相応の髪の量で、吹き出しそうになったがぐっとこらえた。

どうやら高2の国語の教師(鶫のクラスのホームルーム担任でもある)が産休に入ってしまったらしく、しばらく復帰できないということで新しい先生を探していたらしい。この時期に規格外でいろいろ大変かもしれないがといわれたが、何の問題もなかった。

ちなみに、2025年時点で産休は6年、長いかもしれないが社会復帰は容易だということで社会ではかなりなじんでいる。ここは今の政治からしても褒められる点だとは思う。

教室の前に立って、ドアに手をかける。
新品らしいこの学校の校舎は、少しの汚れを残す以外はかなりきれいだ。
じつは汚れなどにまめな性格をしているのはあの同僚にも驚かれたが、昔から潔癖症だ。といっても、軽いものなので別に他人に触れられたくらいでどうとかにはならないが。
ああ、さっさと掃除をしたいなと新品の床に目立つ汚れを見ながら扉を開けると、自分の学生時代と何ら変わりない喧噪が目の前にあふれていた。

友達の席のまわりに移動しておしゃべりをしたり、喧嘩をしたりする姿は変わりなく、うれしいものだと思う。
教壇に上がって彼らを眺めていると、みなそそくさと席に戻っていった。

「さて、HRを始めます」

「先生誰ですかー?」

「ああ、自己紹介を忘れていたね。俺の名前は...あー、これどうやって使うんだい」

電子黒板とホワイトボードを見て困った顔をしていると、生徒が全員わっと笑い出した。
というかよく考えたら教師用のタブレットに説明書入ってるって校長言ってたな。忘れてた

「...えーとここをつけて、これもつけて...起動はやっ!...えと、こう書いて...」

悪戦苦闘しながら名前を書く。なかなかに書きやすいなこれ

「ええと、俺の名前は 日比野夕夜 と言います。趣味はー...っているのか、ああ、とりあえず、俺の趣味は電車の写真を撮ったり、見たりすることです。担当教科は国語です、よろしく」

よろしくというと、よろしくおねがいしまーすという声がわっと沸き上がった。

「なーなーせんせー、写真みしてー?」

「いいぞ、ほら」

何の気なしに一眼レフからタブレットに移動させてた写真を電子黒板に映し出すと、おーと声が上がった

「先生これなんて新幹線?!」

「これは こだま だ。」

「かっけー!!」

男子がわいわい盛り上がってる中、女子は仕方ないなあというため息と冷たい目を放つ。

「先生、そろそろ授業開始ですよ?」

「あ、すまん!一限は...数学だな?みんな、励むように」

慌てるように教室から飛び出すと、黒髪の男性とすれ違った。