僕には好きな人がいる。
一目惚れというやつだ。
それは桜満開の高校の入学式。
彼女を見かけたとき、一瞬にして落とされた。
恋に落ちる、とはよく言ったもので、そのときは恋慕とか欲情がとかがわき上がるようなものではなく、本当にすこんと落とされた感じ。お笑い番組のドッキリで、芸人が落とし穴に落とされて、放心状態になっている顔がある。おそらく僕もそれと同じ顔をしていたんだと思う。何も考えられなくて、ただただ目が彼女から離れない。フラフラと彼女の近くに行こうとするのを足を、杭のように踏ん張って精一杯我慢する。そんな一目惚れだった。
でも、僕のそれを恋と呼べるのかは怪しい。
僕の一目惚れは、彼女の身体の一部に強く惹かれる性癖みたいなものだ。
恋は、そういった性癖から来るものではなく相性の合う性格や一緒にいていて安心できるパートナーを見つける喜びだと思っている。だから僕のようなあまり良くない趣向の人間には縁がないと思っていた。
縁がないと言えば、この一年以上僕と彼女に接点はない。
彼女はクラスでも学年でもとても人気がある。清楚で深窓のお嬢様のような彼女には、ちょっと派手めなクラスメイト達も特別扱いして、彼女の前だけは行儀のいい子犬のようになるのだ。そんな子犬たち、僕にとっては番犬たちに守られて、彼女はいつも微笑んでいる。
そんな学年一の美人とクラスでも学年でも幽霊のような僕。
僕に話しかけてくるのはほんの数人で、彼女とつながるための男友達も女友達もいない。
そんな状態で何かが上手くいくはずもない。
それでも満足していた。学校の廊下や窓から見下ろす登下校の彼女の姿を見かけるだけでも僕なんかには十分なのに、高校二年生のクラス替えで同じグラスになったのだ。一歩間違えれば犯罪者になりかねない僕には、教室の窓に映り込んだ彼女の姿を眺める幸せが何よりの喜びだ。いまこの想いは薄らと積もっているが、すぐに溶けてしまう淡雪のように時が経てば、いい思い出となって消えていくだろう。
そんなふうに僕は諦めた喜びで満ちあふれていたのに。
梅雨入りしたばかりの朝。
登校するとその喜びが全て壊れた。
本当に僕は心の中でガシャンと音が鳴った。
それがあまりにもショックで鞄を落とし、その音で彼女を取り巻く番犬たちが彼女を褒める言葉を止めて僕を迷惑そうに見た。
その後、自分がどう過ごしたか覚えていない。
覚えていることは、僕は何も考えずに学校を飛び出して、あることをしようと決心していたことだ。
でも、やっぱりこのときの僕は恋をしていたんだと思う。
恋じゃなきゃ、きっと僕である西郷《さいごう》信也《しんや》は、雨が降る僕の世界から飛びだそうだなんて思わないはずだから。
一目惚れというやつだ。
それは桜満開の高校の入学式。
彼女を見かけたとき、一瞬にして落とされた。
恋に落ちる、とはよく言ったもので、そのときは恋慕とか欲情がとかがわき上がるようなものではなく、本当にすこんと落とされた感じ。お笑い番組のドッキリで、芸人が落とし穴に落とされて、放心状態になっている顔がある。おそらく僕もそれと同じ顔をしていたんだと思う。何も考えられなくて、ただただ目が彼女から離れない。フラフラと彼女の近くに行こうとするのを足を、杭のように踏ん張って精一杯我慢する。そんな一目惚れだった。
でも、僕のそれを恋と呼べるのかは怪しい。
僕の一目惚れは、彼女の身体の一部に強く惹かれる性癖みたいなものだ。
恋は、そういった性癖から来るものではなく相性の合う性格や一緒にいていて安心できるパートナーを見つける喜びだと思っている。だから僕のようなあまり良くない趣向の人間には縁がないと思っていた。
縁がないと言えば、この一年以上僕と彼女に接点はない。
彼女はクラスでも学年でもとても人気がある。清楚で深窓のお嬢様のような彼女には、ちょっと派手めなクラスメイト達も特別扱いして、彼女の前だけは行儀のいい子犬のようになるのだ。そんな子犬たち、僕にとっては番犬たちに守られて、彼女はいつも微笑んでいる。
そんな学年一の美人とクラスでも学年でも幽霊のような僕。
僕に話しかけてくるのはほんの数人で、彼女とつながるための男友達も女友達もいない。
そんな状態で何かが上手くいくはずもない。
それでも満足していた。学校の廊下や窓から見下ろす登下校の彼女の姿を見かけるだけでも僕なんかには十分なのに、高校二年生のクラス替えで同じグラスになったのだ。一歩間違えれば犯罪者になりかねない僕には、教室の窓に映り込んだ彼女の姿を眺める幸せが何よりの喜びだ。いまこの想いは薄らと積もっているが、すぐに溶けてしまう淡雪のように時が経てば、いい思い出となって消えていくだろう。
そんなふうに僕は諦めた喜びで満ちあふれていたのに。
梅雨入りしたばかりの朝。
登校するとその喜びが全て壊れた。
本当に僕は心の中でガシャンと音が鳴った。
それがあまりにもショックで鞄を落とし、その音で彼女を取り巻く番犬たちが彼女を褒める言葉を止めて僕を迷惑そうに見た。
その後、自分がどう過ごしたか覚えていない。
覚えていることは、僕は何も考えずに学校を飛び出して、あることをしようと決心していたことだ。
でも、やっぱりこのときの僕は恋をしていたんだと思う。
恋じゃなきゃ、きっと僕である西郷《さいごう》信也《しんや》は、雨が降る僕の世界から飛びだそうだなんて思わないはずだから。