僕は雨の日が好きだ。
 僕の大好きなミシンの音と似ている雨音、傘を差してポツポツとパラパラとなる雨音、教室の窓を叩く雨音、喫茶店で本を読みながら聞く雨音。そっと音のヴェールで僕を包んでくれる雨は、世界から僕を切り離して僕の時間や秘密を守ってくれる。
 僕には秘密がある。
 人には誰だって大なり小なりの秘密がある。だから僕が特別な理由にはならない。でも僕がそれを知られてしまえば、少なくとも他の人は顔をしかめる。女性なら気持ち悪がるかもしれない。属に言う変態なんだろう。
 僕はその秘密に悩まされた一時期もあった。町の中を通り過ぎる女性を見かけるたびにそこに目が行き、好みの子がいると吸い寄せられるようにフラフラと足がそちらに向いてしまう。見ないように見ないようにと下を向いていても、ふとした瞬間に目に入って心がなくなったように体だけが動く。だからは僕は極力外出しないようにした。
 だけど町に出ないようにしても学校がある。
 学校はたくさんの女性がいて僕の好みの子も多い。自分がどんな事をしてしまうか怖くて、中学校の間はほとんど女子と口を聞かなかった。教室で本を読んで字を追うことでそこから意識を逸らしたんだ。それはなんとか上手くいって事件になるような事を起こさなかったたけど、その代わり友達がほとんど出来なかった。クラスメートからは暗い奴とのレッテルが貼られて何をするにも浮いていた。
 それに僕の外見もある。僕は髪が少し長い。前髪は目に掛かるほど長くて、他の男子生徒とは違った髪型をしている。それがまた暗いイメージとオタクっぽさを出していたに違いない。
 僕はドンドン自分の世界に入っていって、そして自分の秘密という名の欲望を満たす方法を知った。誰にも迷惑を掛けずに自分の欲望を満たす素晴らしいやり方だ。早い話が自分との折り合いを付けたのだ。
 一旦、自分を受け入れてしまうと日常は変わった。
 町でも学校でもコソコソと一人になる必要はなくて、ほんの少しだけの友達が出来た。友達といっても何故か僕のような欲望を抱えている奴らだ。でもそんな奴らだからこそ僕はとても安心して話すことが出来る。人と違ったことが好きな人は、やっぱり何かしらの悩みを抱えていたり、誰とも共有できない喜びを伝えたい欲望がある。僕の友達からは、僕はそんな想いを察したり、共感を得てもらえる安心感があるとか、言われていた。
 だから僕は、自分の秘密を楽しみ、それを理解してくれる数少ない友達に囲まれて満足した生活を送っている。
 僕の閉じた世界は、今日も静かな雨音を立てて、他の世界とは違った諦めた喜びに溢れていた。


 でも、あの朝を切っ掛けにその雨が降る世界はかき乱されている。