「樋口お前さ…挫折したことある?」
「ありますよ。」
「へ?」
想定外の返事がきて、変な声が出てしまった。
「日々挫折ですよ。まず、妹が馬鹿でしょ。ものわかり悪すぎ。そんで、お母さんが味オンチ。料理がまずい。それから、お父さんが根暗でねちっこい。こっちの頭がおかしくなりそう。あと、じいちゃんが最近ボケ始めてる。日々、膝をついてしまいそうになることばかりです。」
…それは挫折というのか。
「周りの人間じゃなくて、自分自身の経験からくる挫折はないのか。」
「…自分自身ねえ。」
「え、」
いつもの涼しげな樋口の表情が、少し曇った。
「え、お前、なんか…」
「井川先生!ちょっといいですか!」
廊下から教頭先生に呼ばれた。
「あ、はい!樋口!ちょっと行ってくるけど、ちゃんと反省文書けよ!」
「いってらっしゃーい。」
あ、これ逃げるな。
でも呼ばれたから行かなけばならない。

