そんな事も言えるはずがなく、曖昧に返事しておいた。

 父はもしかして私から何かを感じたのだろうか。

 去っていく父の背中を見つめていると、軽いチョコレートの箱なのに、心苦しい思いが乗り移って手に重みが伝わってくるようだった。

 
 翌日、学校に一歩近づく度に、向かい風を強く感じるように体が強張り、憂鬱さが増していく。

 教室に入った時は、無理に突進んだ後の疲労感が最高潮に達していた。

 不安と恐れ。

 教室の中はいつもとかわらないはずなのに、自分で視界を狭くして窮屈だった。

 友達と問題をこじらせた時のクラスの中は、水の中のように抵抗を感じて体が動きにくい。

 希莉も柚実もまだ来てないが、この後教室に入ってきたら、何もなかったように「おはよう」と挨拶してみようか。

 希莉の機嫌が直ってなくても、私はいつも通りに振舞って少しずつ話す機会を増やせば、そのうち譲歩してくるかもしれない。

 ここは平常心で、前日の事はあまり持ち出さないように自然に接してみよう。

 希莉が教室に入ってくるのをドキドキしながら待っていたその時、普段挨拶するだけの間柄の相田さんが教室に入ってくるなり、私のところへ突進してきた。

「ちょっと遠山さん、あなた二年の草壁先輩と付き合ってるの?」

 目を丸くし、突っかかりそうに興奮した声で話してくる。

 私は椅子に腰掛けていたが、思わずのけぞった。

「えっ、付き合ってないけど……」

 否定した直後、相田さんのグループの人達も集まってきて、私は取り囲まれた。

 相田さんもまた積極的な人だが、少し夢見る女の子が入って、何かと妄想しながら話すタイプの人だった。

 気さくでフレンドリーでもあるから、何かあれば障りない話はするけど、話がいつも濃くなり、一人で自分の世界に入り込むから、長話はできない人だった。

「だけど、昨日見たわよ。一緒に帰ってるところ」

「えっ、あっ、あれは、ちょっとしたハプニングで」

「一体どうやって知り合ったの。一緒に帰れるなんて羨ましい。ねぇ、どんな話してたの。詳しく教えて」

 相田さんだけではなく、それに便乗して同じように草壁先輩に憧れてる女子達が興味津々で催促してきた。

 忘れたい事なのに、まさか根掘り葉掘り聞かれるなんて思いもよらなかった。

 自分の悩みを聞いてもらっていたと要点だけ伝えても、この人達はそれで済ませてくれないだろう。

 悩みを話せる仲だと誤解されても困る。

 あれは、自分がいたたまれなくてつい人に話してしまいたくなっただけで、思い出すとものすごく恥かしくて堪らないというのに。

「あのさ、ほんとに他愛ないことで、人に話せるほどではないの」

「やだ、もったいぶっちゃって。遠山さんって、シャイなんだから」

 なんだかややこしいことになってきた。