「だ、だからその、彼を、近江君を虐めないで下さい」

 一瞬、間が空いたが、その後出渕先輩は大笑いし、周りにいた男子生徒も一緒に笑い出した。

 私のようなか弱い女が、近江君を必死に庇うのが面白かったのだろうか。

 ここで凄みをきかされて、不機嫌になられるよりはましな対応だったが。

「そうだな。虐めるのはあまりにもかわいそうだしな。わかった言うこと聞いてやるよ。そしたら、それを渡してくれるんだな」

「はい」

 意外にも交渉が成立した。

 これで近江君を助けられる。

 だけど、その一方で今度は希莉にこの手紙を渡さなければならなくなった。

 希莉に訳を話したら、わかってもらえるかもしれないけど、近江君が虐められてることを話していいのだろうか。

 近江君は強がってるのか、私の前ではそんな事ないように振舞っていた。

 もしかしたらそういうことを人に知られるのが恥かしいから、あの時無理して笑っていたのかもしれない。

 だから私がとやかく人に話してもいいのだろうか。

 もし勝手に話したら近江君は嫌がるのかもしれない。

 折角、出渕先輩は近江君を虐めることを止めると約束してくれて事が収まりそうなのに、私の行動一つで変にこじれては事態が悪化する可能性だってある。

 ここは穏便に進めるにも、希莉に詳しい訳も言わずに頼みこむのがいいのかもしれない。

 希莉がこれを受け取って、その後は希莉が直接断れば、私は渡したという責任は果たすし、約束は約束だから出渕先輩もそう簡単に撤回できないだろう。

 結果まで責任は持たなくていいのだから。

 たかが手紙一つ、そんなに深刻になることないし、きっと簡単に済む。

 それに押し付けられて、今更「いやです」ともいえないし、もうやるしか選択が残ってないような気がしてきた。

 色々と頭の中で私の勝手な思惑が巡って行く。

 出渕先輩は私という協力者ができたことで、そのとき機嫌よく笑っていた。

 希莉について、色々と私に質問してきて、私が仲のいい友達だとわかると、さらにご満悦だった。

 でも私はこの状況が居心地悪く、希莉を利用していることが後ろめたい。

 だけど、希莉は私の友達だし、いつだって希莉の役立つことをしてきたんだから、私だってきっと許されるべきだ。

 この時、色々と考えていた事もあり、集中できず、出渕先輩を前に不自然で困ったような顔をして対応していたんだと思う。

 それを見かねたのか、誰かが割り込んで私に助け舟を向けた。

「おい、お前らそこで女の子困らせて何してんだ」

「おっ、草壁。別に困らせてなんかいねぇよ。ちょっと用事を頼んでるだけだ」

「用事を頼んでることが嫌がらせじゃないか。君、大丈夫かい?」

 急に話を振られて「大丈夫です」としかいえなかった。

 本当は大丈夫じゃないけど。

「だけど草壁、こんな時間に帰宅か? 珍しいな。部活はもう終わったのか?」

 出渕先輩はなんとか気を紛らわせようと話を逸らす。

「今日はちょっと用事があって、早めに切り上げてきた。それより、その子は誰なんだ?」

 草壁と呼ばれた男子生徒は私を不思議そうに見ていた。