いつも一人でポツンと教室にいる近江君の姿を思い出し、私にだけは声を掛け、口を開けばブンジの事を気にかけてくれる。

 そんな近江君を見捨てることがこの時どうしてもできなかった。

 私は勇気を奮い起こし、覚束ない足取りで近づいていく。

 一体私のどこにそんな思い切った力があったのか、この時自分が何をしているのか全く自覚がなかった。

 頭が真っ白な状態で、近江君だけを見ていた。

「あ、あの、近江君」

 名前を呼んだとき、皆が一斉に私の方を不思議な面持ちで見た。

 意表を突かれて魔法がかかったように、その場に固定されて時間が止まったような瞬間だった。

 体が急激に冷えて、恐怖で全身が震え上がる。

 それでも後には引けない。

 近江君もその他の上級生達も、頭に疑問符を乗せてあっけに取られて私を見ていたと思う。

 私もまた、気絶しそうなほど極限に達して石のように硬く突っ立って、石像になったような気分だった。

 暫く沈黙が続いたが、近江君がはっとして声を発した。

「な、な、なんだよ」

 人に見られたくなかったとでも言うように、私の登場にかなり動揺して焦っている。

「ん? ハルの知り合いか?」

 さっきまで近江君を脅していた男が言った。

「あ、あの、近江君、せ、先生が、探してたよ」

 不安定に視界が定まらず、完全に目が泳ぎ、震える声で嘘をついた。

「えっ? あっ、そ、そうか」

 近江君も困惑している。

 恐ろしいほどの気まずさが羞恥心を呼び起こし、私はこの上なく居心地が悪くなり逃げたくなった。