毛づくろう猫の道しるべ

 濡れたシャツが背中にへばりついている。

 かつて私もしがみ付いた背中。

 その背中が一段と大きくなったように思えた。

 その時、近江君の動きがふと止まって、出窓に視線が向いていた。

「あのさ、なんだか、ブンジがあそこに座ってるように見えるんだけど」

 出窓に指を差す近江君に、私は力強く答える。

「そう、ブンジは見ている」 

 近江君はじっくり、出窓に座っているブンジを見つめた。

 すぐにぬいぐるみだと分かっただろうが、あたかもブンジとみなしていた。

「そっか、ブンジは見ているのか……」

 思量深く、意味ありげに呟いたその近江君の声は私の耳にさらりと届くが、私の胸にはずっしりと響いていた。

 私も近江君も自然とお互いを向き合い、そして私達は見つめあった。

 近江君のまっすぐに私を見つめる瞳が優しい。

 それを私も素直に受け止めてしまう。

 私達は言葉にできない思いを確かに胸に秘めているのに、どちらも言葉にしようとしなかった。

 それともする必要はなかったのかもしれない。

 あの時、炎天下だというのに、学校にやってきた近江君はすぐに校舎に入らずに校門でずっと立っていた。

 その意味を考えれば自然とそれは一つの答えに行き着く。

 私を待っていてくれた。

 あれから一年。

 私達は道しるべに向かって進んできた。

 そして再会できた、いや、再び会うためにこの一年を過ごしてきたのだ。

 それがこの時点で一番重要なことなのじゃないだろうか。

 だけどまだまだここは通過点。

 始まりにすぎない。

 だったら、ここからこの先はどう進めばいいのだろう。

 言葉にならない思いは一杯あるし、それをなんとか伝えたいとぐっと込み上げて私の口許を震わす。

 でも大げさに話し合うのも照れくさいし、感動的に盛り上げるのもわざとらしい。

 私はただ、少しでも長く、近江君と一緒に居たかった。

 だからとりあえず、家の中に誘ってみた。

「ほら、上がって」

「いいよ、別にここで」

「遠慮するんじゃないの。それに父なら今出張で暫く帰ってこないから。母も買い物で留守だし、弟もまだ家に帰ってきてない」

「でもかなり濡れてるし」

「だからいいっていってるでしょ」

 濡れている事で、汚すことを気にして家に上がるのを憚っているに違いない。