大勢の人の視線が私に集中していたが、そんなのもお構いなしに、近江君にがっしりと抱きついた。

 近江君はドシンと刺激を感じて「うぉっ」と軽く声を上げていた。


「一体どうしたんだ」

「どうしたもこうしたもないわよ。どうして今日出発だって教えてくれなかったの」

 私はすでに泣いていた。


「それは、俺は一人で出発したかったからだよ」

「だったらなんでお母さんが居るのよ」

「それは俺の母で保護者だからだ」

「そんなの理由にならない」

「遠山には参ったな。俺だって辛いんだぞ。望んだこととは言え、言葉も違うし、環境も違う、知ってる人がいないところへ飛び込むんだぞ。そんなとき、友達大勢に見送られてみろ。なんか悲しくなるじゃないか。見送る方は無責任に、頑張れとかいうだけですむんだぜ。一人で悲しくなってたら不公平だろ」

「それが理由なの?」

「それともなんて言えばいいんだ。遠山と離れるのが悲しくなるから辛いからとでも言えばいいのか?」

「私は近江君と離れるのが寂しい」

「おいおい、やめろよ。もっと前を見ろ。他にも色々といるだろ」

「私は、近江君が好……」

 言い切る前に、突然近江君に口を押さえられた。

 思わずモゴモゴとしてしまう。


「はい、ストップ! それ以上は言うな」

「ムグググググ」

「遠山、一年って期間は高校生活の中でもとても貴重な時間だ。切羽詰って、感情に流されて軽々しくそんな言葉を、去っていく相手に言うんじゃない」

「フンググググググ」

「俺はなんの約束もしたくない。この一年は俺だけのものなんだ。そして遠山にとっても。自由でなければならないんだ」

「ぶはっ!」

 私は近江君の抑えていた手をやっとの思いで取り払った。


「何すんのよ。苦しいじゃない」

 私は近江君を泣きそうな目で見つめる。

 近江君は相変わらず、意地悪っぽく笑っていた。

「遠山、それじゃ俺行くから」

「近江君、待って」

「待たないよ。この先もな。だから遠山も待つなよ。じゃあな」

「近江君!」