「そんなの近江君に言われる筋合いはないわ」

「おいおい、そんなに臍を曲げなくても。でもな、恋の経験も積んでおくのも悪くないぜ」

「そういう、近江君も、櫻井さんと楽しんでくれば?」

「そうだな。櫻井が俺の事好きならな」

 あまりにもショックだった。

 だって、櫻井さんは本当に近江君の事が好きだから。


 どうして最後の最後に、私は近江君とすれ違ってしまうのだろう。

 次会えるのは一年後だというのに。

 しかもその時、近江君は私のことなんて気にかける事もないかもしれない。


「どうした遠山?」

「ブンジ……」

 それを聞いた、近江君の表情に変化があった。

 私を黙ってじっと見ている。


「……ブンジのこと忘れないでね」

「ああ、あの猫の事は忘れられないよ。俺のこといつも見ててくれたんだからな。ブンジのお蔭で辛い朝も楽しみに起きられた」

 ブンジの事を忘れないでくれるなら私はそれで充分だった。 


「俺、絶対でっかくなってくる」

「それって、思いっきり太ってくるってこと? アメリカはすぐに太るらしいね」

「バカ、誰が太るんだ。しっかりして経験豊かになるってことだ」

「エイズにも気をつけてね」

「なんの経験豊かにするんだよ」


 近江君、近江君、近江君!

 私は必死に寂しい気持ちを抱え心の中で叫んでいた。

 気持ちは口に出さなければ伝わらないというのに。


「それじゃ、俺そろそろ帰る。また三井さんがいつもの場所に迎えに来てるんだ」

「お坊ちゃんだもんね」

 近江君は笑っていた。

その私に向けた笑顔もこれで見納めかもしれない。


「それじゃ遠山、またな」

 明日も会うような軽々しい別れの挨拶。

 これで最後だというのに。

 私は無理に笑って手を振るのが精一杯だった。

 近江君は、颯爽と教室から去っていった。

 希莉と柚実がどこからともなく現われ、私の側に来てくれた。

 二人の前だと安心して泣けた。

 私が泣き止むまで、二人は黙ってずっと側に居てくれた。