階段を降りた先の玄関口で、履物を履こうとしている私に父は困惑していた。

「こんな朝早くからどこへ行くんだ」

「とにかくついて来て」

 父も言われるままに草履を足にひっかけた。

 玄関のドアを開くと、ひんやりとした空気が肌に触れた。

 目の前は夜が明けかけた空が現われ、辺りはまどろんだミルク色になっていた。

 玄関の先に私が立つと、父もその隣に身を置き、おちつかなくソワソワしている。

 母は玄関から顔を覗かして様子を伺っていた。

 私がいつまでもそこに立ったままだったので、父は痺れを切らした。


「一体ここに立って何が始まるというんだ」

「いいから、黙って待ってて」

 強く言い切るも、私も本当はどうしていいのかわからなかった。

 だけど、どうしても玄関先で父と一緒に待っていたかった。

 そしてようやく自分が待っていたものが現われた。

 ブンジも毎日待っていた瞬間。

 バイクの音が次第に近づいてくると共に私は胸の高鳴りを感じた。

 やがてそのバイクはいつものように家の前で留まり、そこで低くエンジン音が鳴っていた。

 その新聞配達用の原付バイクに、頭だけを守るヘルメットを装着した男性がまっすぐ私達親子を見つめて挨拶する。

「おはようございます」

 はっきりとした弾む声だった。

 そして新聞を持った手を伸ばし、私に突き出した。

 私は近寄り、それを間近で受け取った。