何をそんなに明確に理由を話さないといけないのだろう。

 草壁先輩はこういう人だっけ? 

 以前はもっと気さくで一年の差など大したことないと大らかに笑っていたのに、急に主従関係を持ち出すようになってしまった。


「あの、こういうの誰だって戸惑うと思うんですけど」

「本当にそうかい。ただ恥かしいだけで、本音は興味があるんじゃないのかい」

 草壁先輩に引っ張られ体を引き寄せられてしまった。


「ひぃぃ~」

「おい、その奇声はやめてくれ。なんかゴキブリが現われて驚いてるみたいじゃないか。千咲都ちゃん、色気ないな」


 ゴキブリ扱いされて草壁先輩は萎えたのか、諦めて解放してくれた。

 すぐさま適当な距離をもって離れるも、まだ警戒心が解けなかった。


「そういう初心な所が、チャレンジ精神を引き出してくれるんだけど、千咲都ちゃんも、もう少し学んだ方がいいよ」

 何を学べというのだろう。


「ところで、今度デートしようか。そうだな、ハルと櫻井も呼んでダブルデートなんてどうだろう」


 近江君と櫻井さん……


「ハルはこの先も櫻井と一緒だし、異国で一緒に過ごせば、連帯感もあってこの先二人はもっといい仲になるだろうね。これで俺も安心かな」

 草壁先輩は櫻井さんに酷いことをしてきた罪悪感から、二人がくっ付けばいいと望んでいる。

 なぜこんなに私はモヤモヤしているのだろう。

 自分でも処理しきれなかった。

 体が小刻みに震え、私は感情を押さえ込もうと力んで踏ん張っていた。


「千咲都ちゃん、どうかした? キスを迫って刺激強すぎたかな。ごめんごめん。ちょっと調子に乗りすぎたかもしれな……」

 草壁先輩が最後まで言い終わらないうちに私は叫んでいた。


「先輩!」

「ん?」

「やっぱりキスして下さい」

「えっ!?」

 私は強張った体を突っ張らせて、ぎこちなく草壁先輩の前に近づいた。

 草壁先輩は私の気力に蹴落とされ、立場が逆になったように戸惑っていた。

「本当にいいのかい?」

 無言で私は頷いた。

 草壁先輩と私は暫く真剣に見詰め合っていた。

 しかし、私の瞳をじっと見つめた後、草壁先輩はふと溜息を漏らした。


「やっぱりやり直し!」

「えっ? やり直し?」


 私が覚悟を決め、意気込みを入れて全力で向かって行ってるのに、今度は草壁先輩がダメだしした。


「うん。その目が気に入らない」

「えっ? どうして」

「だって、睨みつけてるんだよ。怖いじゃないか。そんなの俺とのキスを望んでる目じゃないね。ヤケクソが入ってるぞ。俺がせかしすぎたのが悪かった。ごめん」

「なぜ、草壁先輩が謝るんですか」

「ちょっと千咲都ちゃんには難易度高かったからだよ。だけど次は、もっと素直に僕の気持ちを受けて欲しい。そういう気持ちになったとき、僕は何度でも君にキスをする。その時まで楽しみにしてるよ。それじゃそろそろ練習に戻るよ」

 かき回すだけかき回して、草壁先輩は部室から出て行った。