「だろ。こんないい子と知り合えたのもハルのお蔭かな。一年留年してくれたからな」

「えっ、留年?」

 思わず、近江君を凝視してしまった。


「うっせぇな。ほっとけ」

 私を気にするようにチラリと見た後、近江君は、伏目がちに視線を落とした。


「ちょっと、草壁君……」

 櫻井さんの目に力を入れた視線は草壁先輩を牽制している。


「お前さ、留年したことやっぱり千咲都ちゃんに隠してたのか」

「別に隠してたわけじゃない。ただ言いそびれたというのか、それにこれだけ二年生と俺が親しく接触してたら、普通気付くだろう」

 近江君は再び私を一瞥するが、私は全く気がつかなかったと首を横に振った。


「だからって、何よ。近江君は別に成績が悪かったから留年したわけじゃないわ。人それぞれ事情があるんだから、一年くらい遅れたってどうってことないわよ」

 櫻井さんがフォローしていた。


 留年と知ると、近江君がなんだか違う人みたいに見えてくる。

 本当なら、草壁先輩と同じように、近江先輩だったんだ。

 私なんかが気易く話せるような人じゃなかった……


 近江君がいつも一人でいる理由は、もしかして一年の違いがあるのが原因だったのだろうか。

 本来なら下級生の私達だから、一緒にいるのが嫌だったのかもしれない。

 溶け込めない事情が留年ということと考えたら辻褄は合う。


 留年したから、二度目の入学式は必要なく、それでクラス写真にも写らなかった。

 出渕先輩が手紙を渡すことを頼んだのも、元々友達だったから。

 私が気がつかなかっただけだった。


「そんな事はどうでもいいんだよ。それで草壁、俺達を呼び出してなんの用なんだよ。いきなり朝現われたと思ったら、昼に図書室に来いって命令するし、そしたら櫻井も草壁に呼ばれたとか言ってるしさ」

「なんていうのか、ちょっとした罪滅ぼしと新たなる挑戦ってとこかな」

「どういう意味だよ」


 話が長くなりそうで、場違いな気がして私は恐縮してしまった。


「私、邪魔しちゃいけないので、失礼します」


 どさくさに紛れて立ち上がろうとするも、草壁先輩は手を離してくれなかった。

 まるで鎖で繋ぎとめられている様に、がくんと引き戻されて椅子の上で跳ねただけだった。


「千咲都ちゃん、遠慮することないって。いいときに来てくれたんだよ。近江は猫かぶってたのさ。本当なら学校一の不良だったんだからね」

「えっ、不良?」


「草壁君、いい加減にしなさい」

 櫻井さんは注意するが草壁先輩はお構いなしだった。


「だってさ、今朝こいつの教室入ったら、一人でポツンとして大人しいんだぜ。笑っちゃったよ。あれだけ髪も金髪で派手な風貌だったのに、それがこのダサい髪の毛だぜ。一度丸坊主にして、やっとここまで伸びたんだよな」

「お前そんな事を言うために俺をここに呼んだのか」


「違うよ。千咲都ちゃんがいるから、本当の事を話してるのさ。なんだか癪じゃないか。千咲都ちゃんは、お前が虐められてると思って助けようとしてさ、色んなことに巻き込まれて苦労してるというのに、お前は本当の事話してないんだもんな」


「おい、俺は別に隠してるわけじゃなかった。ただ話す機会がなかっただけだ」

「なんですぐに話さなかったんだ。嫌われると思ったのか?」