お父さんが、その新聞を読みながらご飯を食べていると、それは娯楽でも趣味でもなく、勉強しているように見えて仕方がない。

 そして時間を無駄にせずに勉強するといえば、近江君を関連して思い出してしまうのも最近の傾向だった。


 別に今、近江君を思い出している余裕なんてないのに、こんなときでも近江君は私に何かを知らせようと気を遣って現われたんだろうか。

 そういえば近江君も『草壁と上手くいってるか』とかちらりと訊いてきたように思う。

 あのときは深く考えなかったけど、なぜあんなことを早くから聞いてきたのだろうか。


 だけど、ほんとに草壁先輩が私に秘密を打ち明けて、告白してきた。

 近江君はすでにこの事もお見通しだったんだろうか。

 告白されて、戸惑っているけど、正直乙女心が疼いてドキドキと心地よい。

 やっぱり憧れていた漫画のシチュエーションが現実に起これば嬉しいもんだ。

 しかも、サッカー部のエースという肩書き、そしてハンサムで女子生徒の憧れという存在。

 そんな王子様が私を好きだなんていうんだから、舞い上がらないはずがない。


 でも私はあの時、返事ができなかった。

 素直にその告白を受け入れられなかった。

 決してじらした訳ではない。

 嬉しかったのは事実としても、そこに私が付き合いたいという気持ちが乗っかってなかった。


 まだブレーキがかかって、どこかで警告音が鳴り響く。

 何を恐れているのか、なぜ憧れていたこのチャンスを素直に受け入れないのか、それは自分でもはっきりと説明できなかった。

 だからといって、きっぱり断ったわけでもなかった。

 私はどうしていいのかわからないだけで、適切な言葉が口から出てこなかった。


 あの時、草壁先輩はすっきりとした顔をして言った。

「今すぐに返事してとは言わない。千咲都ちゃんだって、急にこんな事言われて困るよね。それに君のそのリアクションは僕の想像通りだったんだ。君ならまず驚いて言葉に詰まるだろうって、なぜか感じた」