あの後、自分がどうやって家に帰ってきたのか覚えてなかった。

 自分の部屋のベッドに横たわりずっと天井を見ていると、体がふわりふわりと浮いてる錯角を覚え、自分がどこにいるのかわからないようになってくる。

 弟の架が、派手にドアを開けて部屋に入ってきても、すぐには誰だか認識ができなくて思わず「誰?」と聞いてしまうほど、私の頭のヒューズは飛んでいた。


「はぁ? 誰って、冗談のつもりなの? 全然面白くないんだけど。それよりさっきから夕飯だって呼んでるのに、なんで来ないんだよ」

「夕飯?」

「そう、今日はすき焼きなんだぞ。お母さん、すでに用意初めてるんだから、煮詰まっちゃうじゃないか」

「好きっ、えっ、好きって、そんな、えっ」

 『好き』という言葉に異常に反応してしまい、私はベッドから起き上がって、部屋の中をうろたえた。


「姉ちゃんどうしたんだよ。何やってるんだ」

「えっ?」

「えっ、じゃないよ。寝ぼけてるんだったら、早く目を覚ましな」

 架は頭をポンと叩くが、私は何の反応も見せなかった。


「えっ、姉ちゃん、ちょっと大丈夫か。いつもなら、食って掛かって追いかけてくるのに。一体どうしたんだよ」

「ん?」

「もう、話になんない。とにかく早く下りてきて。先食べちゃうからね、すき焼き」

「スキ……ヤキ……」

 架は私を放って、部屋を出て行ってしまった。