「ここの最後のところ『桜井』ってなってるだろ。これ間違ってる」

「えっ? 間違ってる?」

「ああ、だってサクラっていう漢字は木へんに貝を二つ置いてから女を書く方の『櫻』だ。本人なら自分の苗字の漢字を間違う事はないだろう」

「でも、中には略式で使う人だっていると思うんですけど」

「いや、この手紙はそれ以前に絶対櫻井が書いたものとはありえないんだ。だって櫻井は俺の事など好きでもなんでもないんだから」

「えっ!? でも、櫻井さんには親衛隊がいて、あたかも櫻井先輩と草壁先輩をくっつけようとしてるじゃないですか」

「あれも変なんだ。だけど、俺はそれで助かった事もあったから、あまり追求してないんだけどね」

 私には意味が全くわからなかった。

 草壁先輩の瞳は虚ろな鈍さが現われ、悲しげな表情をしている。

 そして乾いた笑みを浮かべて、自虐的な苦い表情を私に向けた。


「千咲都ちゃん、俺の話聞いてくれるかな」

「は、はい」

「長くなりそうだから、あそこでお茶でも飲もうか」

 いつの間にか駅前の中心街に来ていた。

 賑やかな人通りのあるところには飲食店が多数並んでいる。

 その草壁先輩の指差した方向には、某有名カフェショップがあり、この時間帯は学校帰りの学生や若者が多く利用するようなおあつらえ向きの場所だった。

 話を聞くと返事をした以上、そこへ一緒に入らざるを得なかった。

 またとんでもない方向へと進んでいく恐れもあり、緊張した面持ちでその店へと向かった。

 店に入れば、草壁先輩は先に窓際の空いてる席に私を座らせた。

「ここで待ってて、俺が注文してくる。何がいい?」

「私、アイスティで」

「わかった」

 注文カウンターに向かう草壁先輩の後姿を目で追いながら、何が始まるのかドキドキしてしまう。

 そんなに混んでなかったので、注文を済ませると草壁先輩はすぐに席に戻ってきた。

 お金を払おうと財布を出したとき、草壁先輩は首を横に振った。

「いいよこれくらい」

 男の人と店に入ることにも慣れてないが、奢ってもらうのが心苦しい。

 それでもここは潔く受け入れた。

 草壁先輩を前にすると、緊張の方が勝って、できるだけ簡素に済ませたいと思う自分が居た。 

 テーブルを挟んで二人きりのこの状態だけで、蒸発してしまいそうに体が熱くなっている。