隣に住むのは『ピー…』な上司

何気なく課長の横顔を見つめました。
ハンドルを握っている人は、ただ前を見ているだけです。


「課長?」


顔を見たまま声をかけた。
課長は一瞬だけこっちを向いて、すぐに目線を前に戻しました。


「名付けたのは俺じゃない」


不機嫌そうな声で答えが返った。
前を向いている人の顔が、何となく怒っている様に見えます。


「……そうなんですか」


「じゃあ誰ですか?」…って、そんなの聞かなくてもわかる。


本命が付けたってこと。
私は宿借りに過ぎないってことーー。



余計なことを聞いてしまった。
もう小鳥のことを聞くのはやめよう。



(そうは言っても黙りなのも気兼ねするし……)


走っている車の外を眺めた。
誰かが運転する車に乗ったのは何年ぶりだろうか。


(お父さんと達が亡くなって、叔父さんの車であの家に向かって以来だから……)



遠い記憶の中に思い出す両親のこと。

優しかった母と頼もしかった父。

仲が良くてどこへ行くにも一緒で……



(やだ。泣けてきそう……)


こんな時に思い出さなくても良かった。
10数年ぶりに乗った車のせいだ。


ゴシゴシと痒いフリをして目を擦る。

塗り直したマスカラが手の甲に付いて慌ててハンカチを取り出した。



「そう言えば、君がくれたハンカチだけどな」



課長の声に振り向いた。
ムスッとしているように見えた横顔が笑みを浮かべている。