隣に住むのは『ピー…』な上司

「……危うく火遊びさせられるところだったってこと?」


課長の誘いに乗らなくて良かった。
今日の食事程度なら奥さんにも言い訳できる。



(奥さん……)


その言葉に胸が痛む。

妻がいるんだ。課長には。

私が知らない人と結婚していたんだ。ずっと前から……




「バカにして…」


呟きながらも泣けてくるのはどうして。

課長に乗せられて、危うく浮気相手になりそうだったというのに。


「泣くなんて変。どうかしてる」


泰明の時とは別の意味で傷ついた。
犯されそうになった訳でもないのに、それ以上に深く傷ついてる気がする。


「泣かなくていいんだって。課長は幸せ者なの!」


私みたいな一人じゃないの。
家に帰れば「家族」っていうあったかい存在があるの。


「関わらなくて良かった。今ならまだ忘れるのは早い」


忘れるも何もたった一回食事しただけ。
病気の小鳥を預かって世話をしただけだ。



「他には何もしてない」


だから平気。
明日からはまた隣に住む上司と部下でいられる。



(ただの上司と部下で……)


胸の奥が痛むのも今日だけ。
明日の朝ベランダで会ったら普段通りに挨拶しよう。


(おはようございますって、それだけ言えばいいや)


涙を拭ってお風呂に入った。

髪の毛を洗いながら課長の息遣いを思い出した。


きゅん…と胸が疼いてしまう。

何も考えていなかったのに涙がぽろん…と溢れた。